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風邪
2004-11-24 Wed 02:45
ウガンダ生活も1ヶ月半が過ぎようとしていたある日。
私は風邪をひいた。小学校での授業中に前ぶれらしき症状があった。のどが痛く、悪寒がしていたのだ。
もしや風邪をひいたかも・・・
帰宅後すぐにうがいをし、日本から持ってきたのどの痛み止めを飲んで夜8時にはベッドへ。


嫌な予感は不運にも的中した。
その夜体中が熱くなり、ひどい頭痛に襲われた。
ごそごそとベッドから這い上がり、蚊帳をめくって体温計を探しに。急いで体温を測ってみると、なんと38・8度。
こんな高熱が出たのは恐らく3年ぶりくらいで、どうりで頭が痛いわけだと妙に納得してしまった。


慌てて抗生物質を飲み、ビニール袋に氷のうを入れて、タオルと一緒に頭の上へ。それからいつの間にかぐっすりと眠ってしまった。


しかし翌朝になっても、熱は38度前後を保ったまま。
その日から実に丸3日間、私は上がったり、下がったりする熱といっこうにひかないのどの痛みと戦わなければならなかった。
この風邪をひいたことに関しては、自分でも思い当たる節があった。それは前日の夜、ウガンダ人の友人たちに誘われて、夜戸外で食事をしていたからだ。夜外出することが久しぶりだったため、すっかり上着を持っていくことを忘れていたのだ。


ここウガンダは朝と夜の冷え込みが厳しい。日中は概して、25度くらいから33度くらいなのだが、朝晩にもなると、15度近くまで一気に下がる。だから必ず外出時は1枚厚手の上着を形態しておかなくてはならない。長ズボンに長袖のシャツ、フリースを着こんでもまだひやっとすることもある。


熱でうなされていたある午後、Yuka Yukaとどこからか子供たちの声が聞こえた。
夢でも見ているのかと思ったが、その声はいっこうに止まない。はっと目を覚ますと家の外からだ。


ぐらぐらと熱で揺れる頭を必死で抑えて、私は這い蹲るように家の外へ出てみた。
突然の訪問者は近くに住む子供たち6人だった。
「Are you OK?」
子供たちは一往に聞いてくる。
皆私が具合が悪いことを知っているようだ。きっと昼間ミネラルウォーターを買いに行った近くのお店の人が伝えたんだろうな。


村では人から人への情報網が早い。
「I am not so fine today.I have a high fever」(今日はそんなに元気じゃない。熱があるから)と説明をして、「元気になったら遊ぼうね、バイバイ。」と言う。
でも子供たちは「sorry,sorry」(かわいそうに)を繰り返し、帰ろうとしない。


そして「What can we do for you?」(何か私たちにできることある?)と聞いてくるのだ。
困ったなあ・・どうしよう。そうだ。フルーツを買ってきてもらおう。


私は小さな紙切れにパッションフルーツ 5(500シリング 約32円)、オレンジ 2(200シリング 約13円)と書いて1番年長の男の子(Grace 16歳)に900シリングを渡した。家の近所での買い物には慣れているため、価格も容易に目安がついた。200シリングのおつりは、何か買って皆で食べてねというメッセージも加えて。


私は子供たちが戻ってくるのをソファで寝転がりながら、ぼーっと待っていた。1時間半以上が経過しただろうか。
子供たちの足でも約20分もあればお店に行って帰ってこれるはず・・・おかしいなあ・・はて、さては200シリングで買ったものを我慢しきれずに皆で食べてしまっているのかな。それともどこかで道草でも食っているのだろうか。


寝て待っていようと思った途端。私の名前を呼ぶ声が聞こえた。慌てて外に出ると、なにやら子供たちがいくつものビニール袋を抱えて立っている。
そして私に買ってきたよ!と袋の束をくれるのだった。
よく中を見てみると、頼んだ覚えのないマンゴーやチャパティー、ジャックフルーツが入っている。


「マンゴーは喉に良いから買って来たよ」
「チャパティー、ゆか好きでしょう。」
「ジャックフルーツも好きって言ってたよね」


子供たちからその3品に対しての説明を受ける。
そっかそっか。ありがとう。
でもあなたたちは何か買えたの?と聞けば、
「We don't want」(私たちはいらない)との答えが返ってくる。


マンゴーにチャパティーにジャックフルーツ・・・この3つだけでも500シリングはするはずだ。ということは子供たちが足りない分のお金を払ったのだろうか。聞いてみるとそうだという。


私は急いで財布をとってきてお金を渡そうとするが、子供たちは「No,No.This is yours.our presents」だと言ってきかない。
じゃあ皆で食べようと言っても「No, No」と言い続ける。困惑してしまった。


きっとこの子供たちは畑仕事や薪拾いをして手にした、ほんのわずかなお小遣いだろうに。

更にFred(14歳)という男の子が後ろ手に持っていた何かを私に差し出してきた。

ん?ピンクや赤の小さな花束。


「わあ、かわいい」マーガレットに似たかわいらしい小さな花だった。「これ、何という名前?」「名前は分からないよ。皆で拾ったんだ」と無邪気に笑う。


「きれいだね。ありがとう!」

子供たちの顔を眺めながら、私は言いようもない幸福感に包まれた。
こんな風邪の日も私は子供たちに助けられ、励まされている。子供たちからもらった名もなき花たちは、すっかり風邪が治った今も、懸命に生き、美しき姿を見せてくれている。


皆様も体にはくれぐれも気をつけて。(日本ももう大分寒くなっているのでは・・?)
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別窓 | ウガンダでの生活
わかちあい文化
2004-11-14 Sun 02:45
来る前から予想していたことではあったがウガンダ人から「Please give me money」「 give me your T-shirts」お金や衣類をねだられることも多い。友人に限らず、初対面の人から言われることもある。私はここウガンダでは、決して優雅な暮らしはしていない。


福岡でアナウンサーをしていた時は、確かに同じ年齢の人たちと比べたら、リッチな生活を送っていたと思う。
日本の生活と比較することはナンセンスだが、私の今の生活は質素だ。アパートからレインボーハウスや、小学校へ行くまでのマタトュ(乗り合いタクシー)代(約20円くらい)をけちって、約30分歩いて行くことも多いし、露店で売っている卵・トマト入りチャパティー(現地ではロレックスと呼ぶ。私の大好物!)が通常約25円くらいなのに、約100円と言われたら、「私は本当の価格を知っている。ここに住んでいるんだから」と得意気に言って、しかめっつらをしながら、正規料金を払うこともある。


今の私といえば、この国でお金を稼いでいる訳でもなく、日本から持ってきた所持金のみしかないのだから・・。
ただ、ウガンダ人の人たちから見たら、やはり私はお金持ちの、もてる国からやってきた「豊かな日本人」なのだ。


私が小学校での授業が終わり、レインボーハウスへ向かう途中に、大抵いつも出会う女性がいる。
彼女の名前は’Moullin’(モーリーン)29歳で6人の子供を抱えている。

初めて出会った時から私を見ては、遠くからでも
「Yuka,come here」と大声で言い、出会うたびに「今日の洋服素敵ね、そのTシャツちょうだい」や「そのジーパンをくれる?」「アクセサリーを欲しい」「お腹が空いた。食べ物を欲しい」とねだられる。


でも彼女を見る限り、いつも綺麗な洋服を身につけていて、ゴールドの輪っか型のピアスをしていたり、牛の角でできた木のピアス、ゴールドのネックレスとこれまで数種類のアクセサリーも見た。最初の頃は私も、バナナを10本買ったら3本おすそ分けをしたり、持っていたハンカチを大切に使ってねとあげたこともあったが、いつもいつもねだられては困ると思い、
「モーリーン、そのシャツ、気にいちゃった、私はシャツを持っていないからくれるかな。Let's Exchange!」と思い切って言ってみた。

彼女は一瞬へ?とびっくりした顔をしたが、「じゃあ、このシャツ、今から洗うから明日あげるわよ。」仕方ないわねーとでも言わんばかりに大笑いをするのだった。(翌日私のTシャツと彼女のシャツは無事交換され、今私のお気に入りとなって度々着ている)


もちろん、子供から「制服が買えないから助けて欲しい」と真剣な表情でお金を求められることもある。そんな時はいつもやるせない気持ちになる。


そう、ここウガンダでは「分かち合いの文化」が1つの基本的な道徳観念となっている。
私の友人のDanielはマケレレ大学の教授(institute of adults and continuing education)なのだが、彼は自分の7人の子供の他に、2人の孤児をひきとって育てている。1人は大学生で学費もDanielが払っているそうだ。


又兄弟や親戚のお金の工面をすることも多いそう。ウガンダでは、働きたいと意欲を燃やす人は多いが、肝心の「職」がないことも事実だ。職のある人が職のない、困っている人を助けるのは、ここアフリカではNaturalなことだと真剣な眼差しで教えてくれたのも、Daniel。


ふと中学の時、天声人語に載っていた記事を思い出した。「アフリカで大勢の人の飢餓が1度に発生するのも、ぎりぎりまで全員がエゴイストにならないからだろう」と。少しだけその意味が分かったような気がする。


追伸・露天でチャパティーや焼きとうもろこしを買うとリーズナブルだが、店に入れば当然価格は上がる。カンパラのあるお店で。(ウガンダの食べ物紹介も兼ねて)


■マトケ・・・食用バナナを煮て(蒸すこともある)すりつぶしたもの。ウガンダの主食。味はサトイモに水分を加えたら、こんな味になるような気がする。これだけで食べることはなく、ソースをかけて食べる。

ビーフ 約180円 チキン 約180円 魚 約140円 ・

■チャパティ・・・インドのチャパティと違って焼く時に大量の油を使う。 1枚約40円

■ソーセージ・・・ 2本で約50円

■サモサ・・・・ひき肉や玉ねぎを炒めたものを小麦粉の皮でくるみ、油であげたスナック。サイズも小ぶり。1つ約30円。

■キャッサバ・・・原産は中南米。3本で約50円。


カンパラにはこうしたウガンダフードのお店の他に、わずかだが、中華料理屋やレバノン料理、ピザ屋などもある。ピザは1枚約500円ー、中華料理やレバノン料理に至っては1皿 約700円ーと高め。大勢で行けばお得。残念ながら、日本料理やフレンチ、イタリアンのお店はない。(と思う)

アパート代はピンキリだが、カンパラ近郊では月15000円から20000円も払えば広くて素敵な家に住める。
別窓 | ウガンダでの生活
ウガンダの小学校
2004-11-07 Sun 02:47
空が高くて広い。

ウガンダに来てから、空を見上げる回数が増えた。ぽっかり浮かんでは様々な形に変化する雲。

私が上ばかり見て歩いていると、村の人たちはいつも不思議そうに話しかけてくる。私は大抵、空が広くてびっくりしていると答える。すると、より一層変わったことを言うなあとでも言わんばかりに、私を見て笑う。


概してウガンダの人たちは親切でフレンドリーだ。道で会えば、必ずといっていいほど挨拶をしあう。
「Oli otya?」(元気か?)「Gyendi!」(元気だよ)」と。
道に迷って困っていれば、人が集まってきてあーこっちだよと地図を地面に広げだす人、いやこっちだと近くのスーパーに聞きに言ってくれる人がいたりと色々な場面でいつも助けられている。


私の休日は日曜日と月曜日なのだが、休みになれば子供たちがやって来て、教会に連れて行ってくれたり、今日はここを案内するからと言われ1人の子供と歩いていればいつの間にか子供の行列が出来ていたりなんてことも・・・


友人を待ち合わせ場所で待っていれば、近くに住む人たちが声をかけてきてあっという間に溜まり場ができ、四方山話で盛り上がる。ここでは、待つ時間というものが存在しない。というよりも、1人にはなれない国、退屈しない国と言ったほうが適切かもしれない。(笑)


さて私は今、火曜日から金曜日まで近くの小学校で、算数とnursery(キッズクラス)の先生をしている。St.Joseph Primary schoolという公立の学校で、生徒たちは年間5000円くらいの学費で学校へ行くことができる。(5000円を払えない子供たちももちろんいて、そんな子達も一応学校へは通っている)


約730人の生徒の中には、孤児が300人以上もいるそうだ。この学校で初めての外国人の先生となった私は、校内を歩けば、珍しさから子供たちがいつもそばに駆け寄ってくる。
初日に自己紹介をしただけで、その翌日には校内の半分以上の生徒が名前を覚えてくれ、「Yuka,teacher,Yuka」と話しかけてくれる。


私が担当しているP3は日本でいう小学校3年生にあたる。1学年1クラスで、P3クラスにはなんと約103人(9歳-11歳)の生徒がいて、生徒たちは限られた机に肩をすり合わせるように座っている。


今は足算、引き算を中心に教えている。子供たちは皆教科書を持っていないため、私は問題や解き方を全て黒板に書かなくてはならない。いざ、答えあわせの時間になると、子供たちは競い合うように手を挙げる。


「Teacher,Me! Yuka,Me!」という声が教室中にこだまして、私は毎度どの子をあてようか迷ってしまう。子供たちは学校が好きで勉強することを楽しんでいるように思う。


ただ、80人以上の生徒がいるため、中にはいたずら盛りのいわゆる悪がき(笑)もいて、授業中に机の下に隠れていて、私が教室内を歩いて回っていたら、わっと驚かして来ては私の寿命を縮める。


全ての子供たちに集中して授業を受けてもらうことは困難で工夫が必要だ。ウガンダ人の先生たちは、授業中子供がうるさかったり、何かいたずらをすれば、固いスティックで生徒のおしりや背中をものすごい勢いで何度も叩く。
(これはウガンダ国内の全ての小学校に共通して言えることらしい。)

先生たちに「何で叩くのですか?」と聞けば、「口で言っても分からないから」と言う。更には「ゆかももし生徒が授業を妨害したら、この棒を使って」とごつごつした木の棒を渡されるのだった。


もちろん私は、出来るはずもなく・・・だから最近は授業の最後には、日本の歌を歌ったり、生徒たちからの質問コーナーを設けることにした。皆、日本に対して興味津々だから・・・学校を出る頃にはどっと疲れるけれど、子供たちからはいつも溢れるほどのエネルギーをもらっている。

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