The link at the date of the calendar is an entry.
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告
北部ウガンダ
2005-01-11 Tue 02:55
2004年12月31日のNEW VISION(新聞名)の一面はPEACEという5文字が大きく書かれていた。
2005年1月1日の一面にも、A YEAR OF PEACE(平和年)と太字で記されていた。

その下には、「血なまぐさいLRA軍が政府と歴史的な対談をし、戦争はまもなく終結を迎えようとしている」とある。

ところが1月2日には「WAR RESUMES」(戦争が再び始まる)Museveni orders attacks on LRA,rebels ambush UPDF vehicle.
(ムセヴェニ大統領がLRA(反政府軍)を攻撃するよう指示。
一方、兵士は、UPDFの車を奇襲。との文字が刻まれた。年末から北部ウガンダに関するニュースが紙上を賑わしている。

北部ウガンダでは、18年もの間、国軍と反政府軍(LRA、別名・神の抵抗軍)の戦闘が続き、数万人の市民が犠牲となっている。
スーダンとの国境付近で、反政府ゲリラが活動し、子供の誘拐や大量殺戮、強盗などが頻繁に起きているのだ。道路にも地雷が埋められている可能性があり、ウガンダ人も北部に住んでいる人以外は、決して近づかない。

北部ウガンダの続きを読む
スポンサーサイト
別窓 | 北部ウガンダ
共生
2005-01-08 Sat 02:52
私がアントニアと出会ったのは、去年の10月。

私がウガンダに来て間もない頃だ。
Uganda Christian Universityで心理学部生を対象にした3日間のワークショップが開かれ、私もそれに参加したことがきっかけだ。

アントニアは将来は、ソーシャルワーカーになりたいという22歳。ワークショップ期間中講義が終わるといつも
「今日のレッスンはどうだった?」とか「日本の大学とこの大学はどう違う?」など彼女からよく意見を求められた。

ワークショップが終わってからも、彼女とは一緒に買い物をしたり、彼女の友人の家に遊びに行ったり、彼女の学生寮を訪れたり、ランチやお茶をしたりと週に1度は必ずといっていいほど会っている。
(休日の生活は、ほとんど日本にいるときと変わらない!)


こんな風に仲良くなれたのも、彼女の性格に所以する所が大きい。まず彼女はウガンダ人にしては非常に珍しく、時間に正確だ。
大抵ウガンダ人と約束をすると、2-3時間の遅刻は当たり前。なんでも「ゆっくり」「のんびり」が多いのだが、彼女の場合は違う。

約束の時間より前に来ていることも多いし、根っから真面目で面倒見が良い。更にこれは余談だが、彼女の食の好みが私と似ているのだ。彼女はウガンダの主食のマトケが大嫌い。実は私もマトケが苦手で、小学校の昼食や友人宅で出されたりすると、いつも苦笑いをしながら必死で食べている。
一方彼女の好物はライスとチャパティーにキャッサバ。(私と一致している。)

そんな彼女からクリスマスホリデーを彼女の実家で過ごさないかという誘いを受け、約2週間ウガンダ南西部(カセセ県)へ行ってきた。
カンパラよりバスで約6時間半、アントニアの実家はクイーーンエリザベスナショナルパーク内にある。コンゴ民主共和国との国境にある、エドワード湖とジョージ湖周辺を含む国立公園だ。
共生の続きを読む
別窓 | 私とウガンダの出会い
| ウガンダ←イギリス→日本便り |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。