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かたつむり
2005-11-30 Wed 22:39
 家の庭で、大きなかたつむりを見つけました。といっても発見者は、家に遊びに来ていた小学4年生の従兄弟。久しぶりに見ました。昔は、雨になると塀や紫陽花の葉っぱにかたつむりをよく見たのに・・・・と思うのは、昔は「子供の目線」だったから見えていたのでしょうか・・・。

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報告
2005-11-30 Wed 13:34
 去年11月にウガンダから帰国してから、10年来の友人たちの協力のもと、今年春に「ムクワノ」は出来ました。そして短期目標としてラカイ地区・サマニャの丘に孤児院と職業訓練所を建設・運営すべく、活動をしてきました。絵画展・写真展などでは、大勢の方の助けや力をお借りし、その度に個人の力は小さいけれど、1人1人の力が重なることで大きなものになるんだということを痛感しています。
 そして先月、建設資金が集まりました。これも一重に皆様のおかげです。本当にありがとうございました。心より感謝致します。
 今、ウガンダで出会ったメンバーのたけちよ君が再びウガンダにいます。(約1ヶ月の滞在)。私も明後日にはウガンダです。友人・知人を始め、子供たちに会えるのが楽しみでなりません。今回は、ムクワノメンバーで入念に話し合いを行った建設のことやウガンダスタッフとのミーティング内容、職業訓練所・孤児院建設に向けた具体的な調査に入ります。今後のフェアトレードに向けた調査もできる限り行う予定です。
 帰国後、HPにご報告をさせていただきますので、しばらくお待ちください。今後も、どうぞ宜しくお願いします。

              永谷裕香 ムクワノ一同

     http://blog.mukwanojapan.com/
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東京の生活
2005-11-29 Tue 21:47
東京で暮らすのは、約7年ぶり。もともとここで生まれて育ったはずなのに、正直戸惑うことが多いです。というのも、東京は数年であっという間に変身してしまうから・・汐留や六本木、丸の内・・更には大学があった西荻窪まで景色が変わっていて、その変貌振りに驚くばかりです。
 南北線や臨海線、みなとみらい線。交通も便利になりましたね。どこへ行くにも、まず携帯かパソコンで調べてから家を出るようになりました。
 東京生活に慣れるまでには、果てしなく時間がかかりそうです。
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カンパラの治安
2005-11-26 Sat 00:30
ウガンダに住む何人かの友人からメールをもらいました。内容は、彼らの近況と、2001年の大統領選挙でムセベニ大統領の対立候補として名をあげていたBesigyeの話。Besigyeは、選挙終了後に南アフリカに4年間亡命していたのですが、最近ウガンダに帰ってきました。
 政府を倒そうと企てていたことと、1997年に犯した強姦罪が見つかり、帰国後すぐに逮捕。彼の逮捕前に、彼の後援グループが暴動を起こしたり、それに伴って強盗団が現れたりと、カンパラ市内は現在厳戒態勢が敷かれているそうです。(普段は交通量の多いカンパラ市内ですが、今車の量は本当に少ないそう・・)
 私の印象で、ウガンダ人は結構「暴動好き」。今年5月マケレレ大学で生徒会長を決める選挙があったのですが、その時も選挙に不正があった(真実かは?)という理由で、大学近郊では数々の暴動がありました。私が住むホステルにまで、催涙ガスが撒かれたんです。
 今回の暴動も、大きなことにならなければ良いのですが・・・。
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日本での先生業
2005-11-23 Wed 00:51
最近私が何をしているかというと・・。平日は都内の英語学校で先生をしています。もともと子供が好きなので、日本での先生業も結構楽しんでいますよ。
 生徒:「先生って若いよね。」
 私:「ありがとう!!!」
 生徒:「いくつなの?」
 私:「28歳よー!」
 生徒:「なあんだ。もう30じゃん。そりゃ若いっていわない ね・・」
 
 ・・・・。そうなんだ。・・・
子供って万国共通、素直というか正直というか。
 「いや、先生は28歳はまだ若いと思う。」とむきになって答える私。
 子供の声にはっとさせられます。
 
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RAKAI(ラカイ)の現状と「孤児院・職業訓練センター設立計画」について
2005-11-19 Sat 01:17
Samanya Orphanage Center


 ラカイは、ウガンダの首都カンパラから南西約200キロに位置しています。東にビクトリア湖、南にタンザニアがあり、人口は約47万人(2002年の国勢調査より)、面積は4973㎡。多くの人が、農業や漁業で生計を営んでいます。

 ウガンダは世界のエイズの発祥地と言われていますが、ウガンダ国内の中でもこのラカイ地区で、初めてエイズの症例が見つかりました。1982年のことです。そしてエイズはどんどん国内に広がっていきました。80年代のウガンダにおけるエイズ感染状況は、極めて悪く、どの家庭でも1人はエイズで死んでいました。1986年に大統領に就任したムセベニ大統領は、こうした状況に危機を感じ、本格的なエイズ対策に乗り出したのです。その結果90年代始めに30パーセント近くあった成人のエイズウイルス感染率は現在、10パーセントに減り、東アフリカでは最も感染率が低い国になりました。

 しかし、たとえエイズの感染率が減少したとしても、孤児の数が減ることにはなりません。孤児の問題については、抜本的な解決策はまだ見つかっていない状況にあります。一般にHIVに感染してからエイズを発症し、死亡に至るまでは、約10年と言われているため、これから先の10年間、たとえエイズの感染率が減少したとしても、将来の孤児の数は高い数値を維持してしまうという結果に結びついてしまうのです。

 そのため、現在、ウガンダの孤児の数は、全国で増加または横ばい状態が続いています。ウガンダは、全人口約2400万人。そのうち約190万人が、エイズで親を失ってしまった孤児。ウガンダでは、エイズで両親を失った子供は、親戚や知人の家に引き取られることが多く、国内の全世帯の約4分の1がこうした孤児の面倒を見ているのです。ところが、このラカイ地区では、両親も親戚も死んでしまい、大人が近くにいない・・・
その結果、子供だけで住んでいる家が約700軒以上あります。

 私はこのラカイに住んでいる友人がいたことから、ラカイのLyantonde地区を訪れる機会に恵まれました。ここで見た子供たちは、私が普段接している子供とは、違いました。ウガンダ国内、孤児の置かれている現状はどこも厳しいのですが、このラカイの子供たちは、あまり笑いませんでした。

children_house


 エイズの歌を歌いながら、毎回泣いていました。食べ物が欲しくて転んじゃったと言って、足を見せてきた子供。よく見れば、足は傷だらけでした。子供だけで生活しなければならないので、学校に行けない子供も沢山います。弟や妹の面倒をみなくちゃと言って、朝から畑仕事をしたり、森の中に食べ物を探しにいく子もいます。

■ラカイを訪れたときの記録

 いくつかの現地NGOや、海外からきたNGOが食糧、ベッドや屋根、畑に植える食物の種、衣類などを継続的に援助しています。ところがラカイ地区は広く、子供だけで住んでいる家は点々としているため、その支援を受けられるのは、今現存する子供だけで生活をしている家の約50パーセントしかありません。

children_house2

↑子供達だけで住んでいる家

 RakaiのLyantonde区から車で約1時間半―2時間行った丘の上にある、 Samanya Orphanage Center(孤児院と小学校)に行きました。孤児院といっても狭くて、約15人の子供しか泊まれません。小学校では、子供たちの置かれている現状から、自立心を養わなければと裁縫や畑仕事の授業を組み込んでいますが、ミシンは1台のみ・・・。正直、きちんと運営されているとは思えませんでした。

 2007年までに、私はこの、Samanya Orphanage Centerを再建する計画を建てています。現在は木とトタンで出来た建物が2棟。(1つが小学校として、もう1つが孤児院として使われています。)

Samanya Orphanage Center3

↑現在のSamanya Orphanage Center

 この土地に、レンガ作りの孤児院と職業訓練所を建築したいと思います。職業訓練所は、「裁縫」「建築」[クラフト」クラスなどを作ることを考えています。

「お金は降ってくるものではなく、自分で稼がなくてはならない。」

 孤児院と職業訓練センターの目的は、小学校卒業の子供たちがしっかりと自立するため、スキルを学んで身につけさせることです。
ラカイの孤児たちが自立でき、今より少しでも良い環境を作るため、どうぞ最初の一歩をお手伝いください。

 この丘の周りに、キャサッバの他、米やトウモロコシなどを植え始め、子供たちも畑仕事を手伝っています。収穫されたものは、子供たちの食事になります。又この畑に関しては、これから少しずつ大きくしていき、収穫物をラカイの街中で販売し、得た収入を孤児院の運営資金にしようと考えています。

 「孤児院・職業訓練センター設立計画」を実現するためには、約300万円の費用が必要になる見込みです。2007年まで、少なくとも2年後を目処に、少しずつ集めていければと考えています。

みずほ銀行、自由が丘支店(普)1015045 
「ウガンダの子供たちへ」


ご協力よろしくお願いします。

今回の計画は自分の願いでもありますが、それ以上にウガンダのこと、そして、途上国のことを考える何らかのきっかけになっていただければ、私はとても幸いです。

 ご精読ありがとうございました。

■メインサイトはこちらです








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文房具寄付にあたり
2005-11-17 Thu 00:12
去年9月から、ウガンダへの文房具寄付を募っていました。

日本の小学校や中学校の皆さんを始め、主婦の方、前の職場の方、友人・知人、大勢の方に協力をしていただき、沢山の文房具を送っていただきました。本当に有り難く思っています。感謝。

現地では、約800人以上の子供に鉛筆やペンをあげることができました。そして色鉛筆・絵の具・のりなどは、孤児を対象にした学校(Have mercy orphan's schoolや Rakai orphans's school)の授業で、使用しています。(私が帰国した後も、違う先生が引き継いでくれています。色鉛筆などは子供に直接あげるのではなく、毎回の授業で使っていて、授業後は学校の棚に保管しています。) 子供たちは、文房具を見て本当に大喜びでした。色鉛筆や絵の具はさわった事がない子も多かったので、興奮状態!絵を描くのが大好きになった子も沢山います。

 日本の小学生から送られてきた文具の中に、りんごとかミカンとか、豆の形をした消しゴムがありました。「消しゴムとしては使えない。使うのが勿体無い」と先生たち。そこで、先生たちが思いついたアイディアといえば・・・低学年の子供たちにその消しゴムを見せて、英語の単語を覚えてもらいたいと。消しゴムは、即英語の教材に早変り。「これは何?」とリンゴの形の小さな消しゴムを見せては、子供たちが「apple」と大きな声で答えるのです。本来の使い方とは異なるかもしれないけれど、良いですか!?

 さて、これからも文房具の寄付を引き続き、行いたいと思っています。
そんな折、文房具販売サイトを運営している方からメールをいただきました。世界で困っている子供たちが沢山いることを知って、少しでも協力したいと連絡を下さいました。とても素敵な、かわいいサイトです。
分度器ドットコム http://bundoki.com 

このサイトの中でも、文房具寄付の案内を掲載していただくことになりました。ありがとうございます。
日本とウガンダの輪が少しずつ広がっていけばいいなーー。

メインサイトはコチラから

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Rakaiの子供
2005-11-14 Mon 13:21
Namuguanya in Rakai


貧困は子供たちから笑みをも奪った。

aids_children


別窓 | ウガンダ・ラカイ地区
帰国しました。
2005-11-14 Mon 13:09
帰国しました。日本は寒いですね。今大阪にいます。今までは友人のHPにウガンダ日記を書いてきましたが、これからはこちらのブログでも、近況報告をしていきたいと思います!
 にしても・・・このブログってすごいですね。驚いています。ただ、パソコンが苦手な私は、まだ仕組みが分かっていなくて、友人の文ちゃんが作成を手伝ってくれています。少しずつ勉強していくので、どうぞよろしくお願いします。
 今は帰国してばたばたしているので、コメントを受け付けていません。ごめんなさい。
別窓 | 徒然なるままに
再びウガンダへ
2005-11-14 Mon 02:14
5年半のアナウンサー生活に一旦終止符を打ち、2004年10月よりウガンダ共和国で小学校の先生をしていました。
「ウガンダ日記」は滞在中に感じたことを記したものです。
日本とアフリカ。飛行機でいうならば1日以上の距離があります。地理上の距離ではなく、日本とウガンダの心の距離が近くなりますように。
日本とウガンダの子供たち・・・
お互いのことを考えるきっかけが沢山生まれればと願ってやみません。
別窓 | 私とウガンダの出会い
二度目の訪問
2005-11-14 Mon 00:29
村を訪れると、2年前には存在しなかった小学校が完成し、生徒が学ぶ環境が整っていたのです。
これには深い感銘を受けました。

ウガンダの教育は(発展途上国と呼ばれる国は往々にしてそうだと思いますが)町と村の教育レベルに差があると思っていたからです。

以前、「学校ってどんなことをするの?」と言っていた子供たちが勉強をする機会を与えられたことは、純粋に嬉しかったです。
しかし、この国にはエイズという大きな課題があるのです。私にはもうひとつの目的がありました。

それは、知人のフォトジャーナリストの方から預かった写真を(主にエイズの子供たちを映し記事にしていた)ウガンダの郊外の村へ届けることでした。

ウガンダでは人口2400万人のうち、15歳以下の エイズ遺児がおよそ180万人に上ります。経済的にも精神的にも苦境に追い込まれ、泥やバナナの葉で作った小さな家で1日1食の生活を強いられているのです。村中の人がエイズに感染し、破壊された村もあるほど、エイズ問題が深刻になっていました。

エイズ、マラリア、栄養失調、何人が死んだでしょうか。 子供たちの何人が学校に通えたでしょうか。 それでも接する子供たちは沢山の夢を持っていました。
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私とウガンダの出会い
2005-11-14 Mon 00:28
東アフリカには小さい頃から不思議な思いがありました。
おそらく、私が動物が大好きでテレビで見たサバンナの映像があまりにも鮮烈だったからだと思っています。

そしてその生が蠢いていた世界は、その後何年間も私の頭から離れることなく、大学2年の時にその夢が実現したのでした。

ルワンダとの国境近くの村で、学校を作る活動に交わることができました。
たった2ヶ月の滞在(その間ウガンダだけではなく、ケニアやルワンダも旅したのですが)でしたが、 私はウガンダには何故か、強い思いが生まれ、もう1度行きたいと思っていました。

時を挟み、大学4年の時にも同じ大地を踏む機会に恵まれたのです。
2度目の訪問では目的がありました。
まず最初に訪れた村へ行き、今どうなっているかを見るということ。
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子供だけで住んでいる家
2005-11-12 Sat 02:05



ラカイ地区では子供だけで住んでいる家が約700件にのぼる。

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