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講演会聴講
2006-04-26 Wed 18:58
 立教大学の教員、そしてNGO「アジアコミュニティーセンター21」の代表をされている伊藤 道雄さんの講演会に参加。「世界の貧困問題に挑戦するNGO」と題してのお話は、日本社会におけるNGOの位置づけの他、NGOの役割、戦争が生み出すもの、マイクロファイナンスの話まで幅広く、かつ分かりやすく・・・。
 マイクロファイナンスが一躍脚光を浴びるようになったのは、バングラデシュのグラミン銀行の成功によってだ。一大学教授が、貧しい女性グループへの小口融資を始め、途上国の貧しい人々が貧困から脱出できる仕組みを作った。小口融資とはいくらか??
約3000円とのこと。確かに3000円は、途上国では日本の何倍もの貨幣価値があるからなあ・・・。援助としての融資ではなく、人々が自由に活用できる継続的な金融サービス。ローンの返済率の高さから、新たなビジネスにもなってきたとのこと。
 ウガンダにもUWESOというウガンダのNGOがあり、ウガンダにこれまで存在しなかった「貯蓄の概念」を浸透させるべく、活動している。女性たちがグループに分かれ、各グループで毎月決められた額を、銀行口座へ預ける。病気などでお金が必要な時は、そこからお金を引き出し、余裕がある時は利子をつけて返却する仕組み。これも、ルーツはグラミン銀行からか・・!?
 最後に伊藤先生は、現在61歳。ユネスコの憲章「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」。この前文に触れて、ユネスコに夢を抱き、大学院で国際行政を学ぶ。その後アメリカに留学され、伝を辿って、ユネスコへ。覗いてみたユネスコは、温室の様で自分が理想とする場所とは違った。
その後、日本国際交流センターや、国際協力NGOセンターなどで尽力。これまで、フィリピンやインドネシアには50-60回訪れ、アジアの最底辺層を支援する流れを作りたいと、「アジアコミュニティーセンター21」を作られた。還暦を過ぎても、まだまだ現役。「回り道もしたけれど・・・」と語る伊藤先生の眼差しは、温かく熱かった。
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Mukwano会発足
2006-04-23 Sun 01:24
 最近「ラカイプロジェクト」に向けて、寄付金が少しずつ集まるようになってきました。それと同時に、大勢の方から様々なアイディアを頂いています。私自身も、最近その責務を痛感。実際に建てて終わりではなく、運営に関すること、又建設後の報告も随時皆様に説明をし進めていこうと思っています。
 勿論、このような計画は、反対や心配の声も同じくらい頂きます。
「無理だよ。」「建てるのが関の山」「ウガンダは遠いからなー」
確かにウガンダは地理的に遠いです。ウガンダの情報が限られている日本、そして日本の情報が限られているウガンダ。両国の間には、地理的な距離だけでなく、「心」の距離も大きいように感じます。出来ることは限られていますが、地道に着実に、少しずつ活動をしていこうと思っています。
 さて、私が折に触れウガンダのことを話している、10年来の友人・原聡子さんと、「ラカイのプロジェクト」に向けたグループを作ることになりました。聡子は、私にとって頼りになる、心強い友人です。
 今日は、1から、このプロジェクトの目的、現地の状況、ウガンダ側の受け入れ体制、今後の活動方法などが話し合われました。自分では分かっていたつもりでも、聡子からの客観的な質問で、詰めていかなくてはいけないトピックスが出てきました。
 思えば、私はいつも大勢の人に助けられています。ウガンダでも日本でも・・ 今回も賛同してくれ、手弁当でサポートしてくれる友人に心より感謝です。ありがとう。
 ウガンダの孤児を無くすために、ラカイ地区に「孤児院及び職業訓練所」を建て、教育・運営を手伝う活動グループ「Mukwano(ムクワノ)」が発足しました。活動内容は、随時このブログにアップしていきます。
Mukwanoとは、現地の言葉ルガンダ語で「親しい友・愛するもの」という意味があります。ラカイにいた時、子供たちの中に「何故、私は生まれてきたのだろう」という子がいました。1人1人、人間は生まれてきた意味があるのに・・。その子供に、「Mulibanjauro」(You are special.)「あなたは特別な存在」と言ったら、ほんの少しだけ彼女の顔に、笑みがこぼれました。それを思い出して、この会に「Mukuwano」という名前をつけました。
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募金報告
2006-04-17 Mon 23:02
 先月は、ちょこちょことウガンダのお話をさせていただく機会がありました。心より感謝致します。
 ラカイ地区の「孤児院・兼・職業訓練所」建設・運営プロジェクトですが、 現在66万5000円と100ドルが集まりました。
 ご協力いただいた皆様、そして励ましのお言葉を下さった皆様。又今後のアイディアを下さった皆様、本当にありがとうございます。又随時報告させていただきます。

みずほ銀行、自由が丘支店(普)1015045 
「ウガンダの子供たちへ」
 今後ともどうぞよろしくお願いします。
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Rakai report written by Mr.Takechiyo No.3
2006-04-16 Sun 00:09
友人のたけちよ君が、今年1月、ウガンダ・ラカイ地区に1ヶ月滞在しました。その時のリポート第3弾です。

・毎度のことなのだが、ここラカイの人たちは本当によく物をくれます。ちょっと公平さに欠けた言い方かもしれませんが「草の上で寝ているような、厳しい環境の人たちから物をもらうのは、申し訳なくて仕方がない」と心苦しく思うのです。ときには、ニワトリを貰ったこともありました。贈り物をもらうと、「自分は搾取してしまっているのでは」という単純な疑問に苛まれました。
そしてなによりも、家庭をまわると病気の人に出会ったり、子どもだけで生活している家に行ったり、そんな現状は耐えがたいし、見ているこちらも辛い気持ちになりました。
一度だけ、いくらか病気の治療のためお金を出したりしましたが、現実は全部の家庭に何かしてあげられるどころか、何も出来ないことが多いです。
そんな中、私の心の支えになったのが、「愛の反対は憎悪ではありません。無関心なのです」というマザー・テレサの言葉でした。今の私には、その場では何もしてあげられないのだけど、あなたたちに関心があるし関心を示したいのです。私一個人としてでも、隣人のあなたたちに関心を示していくことはできるはずだと思うのです。そして、この関心からいったい私とあなたとの間に何が生まれるのかわかりませんが、私だけの贅沢・幸福という考え方には、はっきりとNOと言うことができるとおもいます。
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Rakai report written by Mr.Takechiyo No.2
2006-04-08 Sat 19:43
以下、友人のたけちよ君が書いた「ラカイリポート」の続きです。

・私は1ヶ月の間に100軒の遺児家庭(遺児がいる家)を訪れました。このラカイの村には、両親を亡くし子どもだけで生活している家庭が多く存在しています。そうした家庭が、私が訪れた家100軒中、23軒もありました。(23軒以外の家は、祖父母や地域のボランティアなどが、遺児を引き取って暮らしていました)
その現状に驚きました。両親だけでなく、祖父母や親戚もいない、「子どもだけの生活」とはいったいどういうものなのでしょうか。想像もつきません。そして、子供だけで生活をしている子供たちには、ほとんど同じようなストーリーがありました。それは親が亡くなる前、エイズ治療のため土地や身の回りの生活必需品を売り払い、スッカラカンになったときに子どもだけが残されてしまったというものです。そういった子どもたちは、初等教育以前の厳しい状況に立たされているのです。
・過去ウガンダでは、エイズの爆発的な感染流行により人工の1割を亡くしているという事実があります。そうしたウガンダでは、学校教育のほかにもエイズ教育というものも大きな教育の柱となるのではないかと思わされます。エイズ遺児がエイズに対してしっかりとした知識をもつことは、今後もこうした悪循環を予防するという意味で大きなことではないかと思うのです。
・ここラカイ県は1970年代前半よりエイズの症例が認識されはじめ、最初にエイズが最初に広がった地域とされています。現在ウガンダ全体でのエイズ平均感染率は6.4%(ウガンダ政府の統計による)なのに対し、ラカイ県は11%以上という依然に高い率です。

 No.3は、後日アップします。
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Rakai report written by Mr.Takechiyo No.1
2006-04-08 Sat 19:25
 ウガンダで知り合った日本人は意外と多く(といっても、10人くらい!?)、今でもちょくちょく連絡を取り合っています。その中の1人、たけちよ君は現在大学4年生。去年4月から、今年3月まで1年間大学を休学し、ウガンダに滞在していました。先日、たけちよ君と会った際に、ウガンダの写真や滞在中に書いたというリポートを沢山見せてもらいました。
 その中でラカイについて記述したものを、このブログ上でご紹介させていただきます。以下、たけちよ君のラカイリポートです。
 

もともと、ウガンダにおいてエイズ遺児の支援活動を昨年度1年間していたのですが、そこでゆかさんにラカイ地方のエイズ遺児の現状を聞き、なんてことだと思い訪問させていただきました。今年の1月、1ヶ月間、ラカイ県にある孤児院にて過ごさせていただきました。孤児院は、現地の人々の持ち出しと無償の協力によってなりたっていました。孤児院の規模は、6畳・4部屋のぐらい3部屋のトタンで作られた小さなセンターと、小高い丘の広大な敷地ぐらいのものである程度のものです。これが孤児院?最初はあまりの小ささに驚いてしまいました。
・1月17日未明、すでにエイズで母親を亡くしていた女の子(10歳)の父親が亡くなりました。そこは2週間程前に訪ねた家庭で、そのときには何ヶ月も床に伏せているという父親を目にしました。亡くなった当日、知らせを受けたスッタフと共にお悔やみの言葉を述べに行き、再び同じ床に細い丸太のようになっている動かぬ父親の姿を目にする事になりました。一人娘である彼女も隣に座っていたました。なにくわぬ顔でいるのが少し奇妙に写ってしまいました。
 翌日、私たちは葬儀にも参加しました。神父が長い祈りの言葉をささげ、棺を墓地へと運ぼうとしたとき、「わーん!わーん!」と突然張り裂けんばかりの声があがったのでした。人の支えがなければ歩く事もできないほど泣きじゃくる小さな女の子。彼女が片親の遺児から孤児に変わった瞬間でした。
 
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つくし
2006-04-04 Tue 23:31
家の近所の線路脇に、先日、つくしを見つけました。それから毎日、そのつくしをチェックしていますが、少しずつ背丈が伸びているような・・・。ここは、電車の本数が多い場所なのに、大丈夫かなと心配していたのですが、何のその。一生懸命生きています。
たくましさを感じますねー。
 本格的な春到来!寒いのが苦手なので、嬉しいです。

つくし

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バベンバの人から学ぶ
2006-04-01 Sat 18:16
 友人と食事をしている時、「バベンバという民族を知っている?」と尋ねられた。私は、それまで全く知らなかったのだが、とても素敵な話を聞いたので、ここでご紹介させていただきます。
 南アフリカのバベンバ人たちは、部族の誰かが 不正をはたらいたり、無責任な行動をとったとき 村の真ん中に一人で座らなければなりません。村人はその間皆仕事をやめ、集まって輪になりその人を囲むのだそうです。 そして子供も含めた一人一人が その輪の中の人の長所、善行、親切な行為、過去にした良いことについて話し始め、その人について思い出せることすべてを詳しく語るそうです。
 村人たちはこれ以上ない誠実さと愛を込めて話し、誇張もでっちあげもなく、不誠実な態度や皮肉な態度をとる人もいません。その人を共同体のメンバーとしていかに尊敬しているか 村人全員が話し終えるまでこの儀式は続き、 それは数日間に及ぶこともあるとのこと。そして最後に輪が崩されると、その人を再び 部族に迎え入れるお祝いが始まるのだそうです。輪の真ん中にいる人も、輪になって囲む人々も、それぞれ許すことによって、過去や怖れに満ちた未来を手放せるのだと思い出し、 輪の中心の人も悪人というレッテルを貼られて追放されたりはしません。 その代わり一人一人が自分の中にある愛を思い出し、周りのすべての人と一体になるそうです。 (G・ジャンポルススキー著書・「ゆるすということ」より詳細)
 世界一の格差社会と言われる南アフリカ。富裕層は、溜息がこぼれる程豊かな一方で、貧困層の人々は、その日の食・寝床に悩み、生きている。治安もワースト1に名を連ねることが多い、南アフリカで、このような民族がいたことは、嬉しい驚きで、このような「愛」に溢れた社会が、どうしたら生まれるのだろう。バベンバ人の心を学べば、世界はどう変わるだろうか・・・と色々な思いだ。
 私の友人は、夫婦内の喧嘩の際、この方法を実行し成功(?)していると話す。
 出来るところから、少しずつ・・ですね。
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