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伊東さん
2007-09-25 Tue 13:47
今回私がウガンダに滞在中、友人であり現在大学3年生の伊東さんが約1週間ウガンダに来ました。サマニャの丘で行われたキャンプにも参加。その時のことを綴ってくれたので、ご紹介します。


キャンプは私にとって非常に有意義なものだった。
ほんの少しだけれどラカイのこと、ラカイにいる子どもたちのことを知ることができたこと。子どもたちと一夜を過ごし胸のうちに近づけたこと。


食べ物を得ようと2回並んでいる子どもや自分たちのために肉を隠して取っている子どもがいる一方で、他の子どもたちに自分のご飯をわけている子どもも居たりなどと、キャンプでの生活から、厳しい環境に生きる子どもたちのいろんな姿を見ることができ、非常に多くのことを考えさせられた。

一番印象的だったのはキャンプファイヤーの周りに集まって、ラカイとナンサナそれぞれの大人と子どもが話をしたことだった。しんとした中でみんなが耳を傾けていた。全部は理解できなかったけれど、それぞれのメッセージの重さが伝わってきて嬉しかった。もしあの場で私が話をしたんだったら、私は彼らにいったいなにをしゃべるだろう?自分の人生を通して誰かに訴えたいことってなんだろうと思う。その答えは日本に帰ってきてからも見つかっていない。

一晩だけだったが、子どもたちと将来のことや人生、恋愛のことについて話した。

お互いに共感したり、価値観の違いにびっくりしたり、楽しかった。
ラカイの空は満天の星で、流れ星を見て、お願い事をすることを教えた。彼らの願い事が今度聞けたらなと思う。

伊東

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(伊東さんとナンサナの子ども)

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    (キャンプでの一枚)

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ウガンダより⑩
2007-09-25 Tue 13:06
 ちょっと前になるが、サマニャの丘でとっても賑やかなキャンプが開かれた。首都カンパラにほど近いナンサナにあるASHINAGA UGANDA(RAINBOW HOUSE)が主催し、ナンサナの遺児約75人がラカイ県に遊びにきてくれたのだ。

 ナンサナの子どもたちは皆ラカイへ来るのは初めて。そしてラカイのサマニャの丘にも、こんなに大勢の訪問者が来るのは初めて。サマニャの丘近辺に住む子どもたちが一堂に丘に集まり、ナンサナの子どもたちを迎えた。

 ナンサナからは14歳以上の子どもたちが75人参加。ラカイからは、4歳から17歳までの子ども80人が集まった。キャンプは1泊2日で行われ、皆でご飯を作ったり、キャンプファイアーをし歌や劇を披露したりと、楽しい時間が繰り広げられた。

 興奮して夜通し起きていた子どももいれば、皆の歌を聞きながらウトウトしている子どもの姿も・・・。夜は、ナンサナからの移動で使ったバスの中ですやすや眠る子もいれば、建設中の孤児院の中で、寝ている子も・・。

              続く。
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 (キャンプファイアー)

       camp3.jpg
(皆で夕食の準備)

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(建設中の建物の中で)


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ウガンダより⑨
2007-09-24 Mon 00:11
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ウガンダの新聞でも取り上げられていました。期待の声と共に・・。

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青年海外協力隊の方々が、ラカイに来てくれました。ありがとうございます。
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ウガンダより⑧
2007-09-23 Sun 23:37
 Namuwange13歳と初めて出会ったのは、2006年9月のこと。他の弟、妹の面倒を見ながら、一家の柱として生活をしていた。土とわらで出来た小さな家で、子どもだけで暮らしていた。自分のHIVのステータスについても彼女は知っていた。
 
 年の割に体の小さな彼女が、その小さな手で一時も休む間なく籠を編んでいた姿は、その後も私の心にずっとあり続けた。
 
 そのNamuwangeが行方不明になったという知らせを聞いてから3か月。(詳細は2007年7月3日の日記をご覧ください)。Namuwange家を訪れた。以前住んでいた古い家から、真新しい家に変わっていた。ラカイのLWFというNGOが、崩壊寸前だった彼女たちの家を建て替えてくれたそうだ。これは良い知らせ。
 しかし、Namuwangeは未だ見つからず、弟と妹が身を寄せ合い暮らしていた。Namuwangeのことを尋ねると、間髪入れず兄弟たちは話し続けた。「私たちはいつもNamuwangeと行動を共にしていた。Namuwangeは私たちに食料を見つけてきてくれた。Namuwangeは言っていた。水汲みに行く時も、近所の人の畑を耕す手伝いをする時も、1人で行動をしてはだめ。必ず誰かといるようにって」。
 
 よって兄弟たちはいつも一緒だった。小さな弟とNamuwangeが水汲みに行く時は、下の妹ともう1人の弟が留守番というように。今年に入ってから、Namuwangeは学校へ行くことが少なくなったという。政府の小学校があって、そこにNamuwangeは通っていたが、毎日の食料を探すため学校に行く日が減った。そんな彼女が行方不明になったのは、6月半ば。残された子どもたちの話によれば、知らない男性に腕をひかれて連れて行かれたと。その際、Namuwangeは持っていたわずかばかりの洋服と、炊事道具を全て持って、消えてしまった。
 
 弟と妹は、口々に言った。「お姉ちゃんがいなくなって、夜寝るのも、食事を見つけるのも辛い。でもNamuwangeは絶対に帰ってくる。」と、頼りにしていたお姉ちゃんの帰りを必死に待っているようだった。子どもだけで住んでいる家を廻り、気づいたことがある。それは兄弟同士の絆がとても強いこと。子どもだけで住み、助け合って生きているからだろう。このような環境下で、1人兄弟、姉妹がいなくなってしまうことは、残された子どもたちにとって、深い傷となっているのではないだろうか。そして、思う。1人連れ去られたNamuwangeは、今どこで何を想っているだろうか。兄弟たちのことを彼女も同じように危惧しているのではないだろうか。

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(Namuwangeの弟)

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    (Namuwangeの妹、弟)

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ウガンダより⑦
2007-09-22 Sat 16:53
 マラリアの合併症は、悪性の熱帯熱マラリアにかかった時に起こると言われている。その合併症の1つ・脳マラリア(cerebral malaria)は、意識が低下し、脳や神経に障害が起こる。進行した場合は昏睡状態に陥り死亡することもある。

 Benon(12歳)は、3歳の時にこの脳マラリアを患う。簡単な質問には答えられるものの、本人の意見を聞く問いには、首をかしげてしまう。でも終始、なんとか答えようとしてくれた。

 家族はルワンダ出身で、お父さん、お母さんはルワンダ内戦の勃発前に、ウガンダへ逃げてきたという。お父さんはエイズで亡くなり、お母さんと妹、兄と暮らす。

 お母さんに聞いたところ、Benonは脳マラリアの副作用で、癲癇をもっている。1か月に1度は必ず発作が起きるという。また右手が曲がったままで、左手を使って生活をしている。癲癇と脳の障害のために、学校へは行ったことがない。水くみや畑仕事はできず、1日中この家の中か近くにいることが多いという。

 だからか、Benonは他の子ども以上に好奇心が旺盛のように見えた。近くで鳴く鳥の声にも、嬉しそうに反応し、あれ、見てと言わんばかりに鳥のいる場所を目で教えてくれる。そしてお母さんが料理をしている時も、ずっとその工程を眺めている。
 benon2.jpg

    (Benon)

マラリアの症状が出た時に、病院に行けてたら・・・とつい思ってしまう。脳マラリアには有効な治療法があるのだ。
 バナナの繊維で出来た家の中には、多数の蚊。ここでの暮らしは常に、子どもたちの可能性を遮る危険と隣り合わせなのだ。

  
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ウガンダより⑥
2007-09-18 Tue 14:51
 子どもたちと向き合い、心の声を訊く。今回のラカイ訪問には目的があった。

 サマニャの丘周辺の5つの村へ行き、遺児がいる家庭約100世帯を廻り、話を聞く。お父さん、お母さんが亡くなった時のこと、今どうやって生活をしているか、周りの村人のことなど質問内容は多岐に渡った。

 「お父さん、お母さんが死んだ時のことは全く覚えていない。小さい時だったから・・」と話す子ども。「お父さんが死んだのは3年前で、死ぬ直前に隣に住んでいる人が、お父さんを病院に連れて行こうとした。私はとても嬉しかったのだけれど、お父さんは病院に着く前に川の近くで死んでしまったの」とその時の記憶を詳細に語る少女。

 お父さん、お母さんが死に、親戚も死に、家も畑も葬儀のために売り払われてしまい、全く見ず知らずの男性に雇われて、牛飼いの仕事を朝から晩までしている少年。
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彼は学校には生まれてから1度も行ったことがないという。「学校に行きたい?」との私の問いに彼は、「学校に行ったら働く時間がなくなって、食事をもらえなくなっちゃうよ」と顔をくしゃくしゃにしながら笑って答えた。

 自分がこの子どもたちの立場だったら・・と想像してみる。でもその想像が何の意味もなさないことにすぐ気付く。私が育ってきた環境とあまりにも異なるから・・・。世界は不平等だ。生きていくことに必死にもがいている小さな子どもたち。私の質問の中には「どんなことをしている時が楽しいか?どんな遊びをする?」という問いがあった。この問いに「遊ぶ時間なんかないよ」と答えた子どもが多くいた。

 明日生きることを心配せずに、思いっきり遊ぶ時間は生まれてからどのくらいあったのだろう。

 今回調査に同行してくれたカンパラ出身のKennethは、政府管轄の統計局勤務で、リサーチャーの監督をしている。「私は今までウガンダで生活をしてきたけれど、こんな悲しいsituationに直面したことはなかったよ。私には2人の子どもがいるが、これまで以上に2人を大切に育てていきたい」と1日が終わる頃、いつも私に繰り返す。そして自分がラカイに持ってきた服を、子どもたちに渡していた。

 脆弱な環境に置かれている子どもたちは、勿論ラカイだけではなく、ウガンダ国内多数存在する。子どもたちの境遇を勿論分かっている人はウガンダに多数いるが、現実にその状況を自分の目で見なければそれを現実のこととして受け止められないのかもしれない。

 今回の調査で訊く子どもたちの声は、残念ながらなかなか外には届いていない。子どもたちの声なき声を伝えていくことの大切さを改めて感じた。

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ウガンダより⑤
2007-09-16 Sun 16:54
 第3期工事は、最終工事。12月1日の竣工式に向けて、最後の作業に取り掛かる。まずは、ドアと窓のフレーム作り。木を削り、型に合わせてカットする。この作業は、以前職業訓練所・学校として使っていたトタンの建物内で行う。

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  (窓枠をはめていく)

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  (作業に見入っている子も・・)

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  (木の残りを、積み木にして遊ぶ子ども)

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ウガンダより④
2007-09-15 Sat 15:46
 機会があって、ウガンダとコンゴの国境、ブウィンディにマウンテンゴリラを見に行った。マウンテンゴリラを見るのは初めて。絶滅危惧種として指定されているマウンテンゴリラは、現在世界の中で、ウガンダ、ルワンダ、コンゴのいずれかの国でしか見ることができない。

 家族の集団で生活をしているマウンテンゴリラ。オスは若いうちは全身の毛が黒いことからブラックバックと呼ばれ、大きくなると背中の毛がだんだんシルバーになることからシルバーバックと呼ばれるそうだ。

 とっても穏やかな目に、愛くるしい表情をしたゴリラたち。家族皆が一体となって生活をしている様子をちょっとだけど垣間見た。

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 (約1か月の赤ん坊とお母さん。2歳くらいで乳離れするそう)。

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  (すっかりリラックス) 
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ウガンダより③
2007-09-14 Fri 12:00
 ラカイの中でも、場所によって降雨量は確実に異なっている。

 雨の量が少ないとはいえ、バナナの木を中心にほとんどの樹木は、緑の葉っぱをとどめ、風を受け軽快に揺れている。

 ラカイの街が一望できるサマニャの丘。ここからの眺めは素晴らしい。空気が澄んでいて、夜になればどこからともやってくる蛍に美しい星空。早朝には目の前に壮大な雲海。

 建設中の建物に入り、窓用にあけてある隙間から外を見る。ここで育つ子どもたちがこの土地に生まれたことを幸せに思ってほしいと、大きな空を見ながら想う。

  blogu1.jpg

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ウガンダより②
2007-09-11 Tue 23:40
 「蚊」は私がウガンダで嫌いなものの1つだ。2度マラリアを患ってからは、本当に蚊(特にハマダラ蚊)が大嫌いになった。現在、体調はすこぶる良いのだが、すでに数匹の蚊にさされている。

 日本製の強力な虫除けに、ウガンダの蚊は耐性が出来てしまっているのか、それともよっぽど私の血がおいしいのか。それともかける虫除けスプレーの量が足りないのか??

 耳の下に、あごに首に、人差し指の第一関節の下まで、蚊たちの噛み跡がくっきりと刻まれた。そして深夜、痒みは増し、私の睡眠を邪魔してくれる。

 
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ウガンダより①
2007-09-11 Tue 20:31
 1年ぶりにウガンダに来ています。8月後半の日本の厳しい残暑とは打って変わって、こちらは湿度も低く、過ごしやすい陽気が続いています。ウガンダ到着早々、ラカイを始め、ウガンダの南西部にいました。
久しぶりのカンパラ(首都)です。

 ラカイの孤児院・教育施設の建設も概ね順調に進んでいます。水の確保が困難な点を除けば・・・ですが。雨季だというのに、ラカイではなかなか雨が降らず、工事のために作った貯水庫もカラカラになってしまっています。

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 そんな中第2期工事が完了し、すでに屋根のついた建物で、子ども達は勉強をしていました。そして、中央にある木の周りで、朝礼が開かれています。夜、サマニャの丘から眺めた空には、大きな月とこぼれんばかりの満天の星が溢れていました。
 
 あさってから又ラカイに行ってきます。第3期工事の始まりです。
また報告します。
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