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2008年ももうすぐ終わり。
2008-12-28 Sun 05:39
2008年もあと数える程となった。

2008年。
インドのムンバイで起きた大規模なテロ。混乱が続くジンバブエ。コレラの流行をはじめ、食料危機や経済危機が未だ続いている。数日前に起きたイスラエル軍によるガザへの空爆。パキスタンのテロ、アフガニスタンの紛争、国際的な金融危機。国連食糧農業機関は2008年の世界飢餓人口が去年に比べて約4000万人増の9億6300万人に達すると発表した。世界的な金融・経済危機で、飢餓状況はますます悪化する恐れがあるという。世界の飢餓は、そのほとんどがアフリカとアジアの一部に集中している。

そして、コンゴ民主共和国での反政府勢力と政府軍の戦闘激化。以前から避難民であった人の数と合わせれば、東部の避難民の数は130万人を超えた。このうち半数は子ども。私は今回のコンゴの内戦激化は絶望的だとさえ感じていた。

これに関してザンビア出身で、数年に渡り難民キャンプで働いていた友人は、言う。「人々は生き延びる為に、食糧と避難する場所を見つけようと歩き続ける。一体誰が平和をもたらしてくれるのか?平和はやってくるのか?一般市民の誰もが戦闘に疲れ果てている。絶望的になりながらもほんの少しの希望を抱いている。このような状況で、世界が絶望的だと思ってしまったら、コンゴにいる人たちは本当に何もかも失ってしまうんだ。」と。はっとする言葉だった。

コンゴはダイヤモンドや金銅、コバルト、ダイヤモンド、石油、ウラン、タンタルなどの天然資源に恵まれている国だ。では何故、人々はこんなに苦しんでいるのか?苦しまなくてはいけないのか?

天然資源と紛争には密接な関係がある。天然資源がある国の方が、天然資源がない国よりも内戦のリスクが高いと言われている。天然資源によって紛争が起き、長期化し、解決が難しくなることがあるのだ。

例えば、天然資源の1つタンタルは、携帯電話やコンピュータの充電などに使われている。皮肉にもこうした天然資源を使った最終的な商品は、採取されたその国ではあまり使われず、その大半は先進国へ渡って行く。戦争が起きる原因はさまざま。でもその1つに天然資源がある。天然資源が利権構造を作り、国をさらに崩壊させる。しかしここには世界の市場が多いに関与している。欧米やアジア(日本含む)の企業がタンタルを購入し、武器の代金になっては内戦を長引かせる。

携帯電話もパソコンも今や自分の生活には欠かせないものとなっている。自分も遠からずこうした内戦に関わってしまっているのだ。こうした利権のからくりをどう変えていくのか、先進国に住む私たちも、自らの問題として考えていかなくてはいけない。

通常時でも食糧支援を必要としている人達がいるコンゴは、世界で最も保健衛生にかけるお金が少ない国と言われている。年間一人当たり17ドル。この経済危機と紛争で、ますます打撃を受けているのは一般市民だ。一方、アメリカは年間一人当たり6,000ドル(約64万円)使っていると言われている。

これが私たちが住んでいる世界だ。同じ空の下なのに、世界の富は大きく偏っている。


1人1人にできること、何かあるはず。世界が平和な方向に向かいますように。平和が、この地球上で現実のものとなりますように。

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ウガンダのX'mas present
2008-12-27 Sat 13:23
ハーモニカ奏者の田中光栄さんがサマニャの丘に来て、ハーモニカの演奏をプレゼントしてくれた。
初めて見るハーモニカに子ども達は、興味津々だったようだ。一足早いクリスマスプレゼントとなったよう。(いらっしゃったのは、11月)。

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そして、MUKWANOサポートメンバーの皆さんが、不定期にフリーマーケットを開催してくれ、その売り上げで子ども達へクリスマスプレゼントを送ってくれた。プレゼントの中には、楽器もある。MUKWANOホーム/スクールでは、定期的に皆で歌や劇、ダンスの時間を持っている。子ども達が抱えるトラウマを少しでも歌やダンスを通して癒していければとリーダーのSsekima氏が自ら作ったプログラム。今回、カスタネットやタンバリンなどを送ってくれた。現地でお手伝いをしてくれているJICAのTaka君より、渡してもらう予定。クリスマスには間に合わなかったけれど、来年早々、届く予定です。

2008年もお世話になりました。大勢の皆様、有り難うございます。
今後ともどうぞ宜しくお願いします。

MUKWANOの活動メンバーブログにも理事一同よりメッセージを掲載させていただいております。

良いお年をお迎え下さい。

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クリスマス
2008-12-26 Fri 10:50
クリスマスはここイギリスでとっても大きな行事。家族が集まって、皆でお祝いをする。24日のクリスマスイブは教会のミサへ行く人も多い。私も周りの友人たちと行こう!と計画をしていたが、ミサ自体が深夜11時半にスタートする為、結局寒さと眠気に勝てず、全員で断念。

翌日の25日クリスマス当日に、イギリスでは昼間から集まって、クリスマスの特別料理を食べるのが主流らしい。ターキーやクリスマス・プディングを用意して、お祝いをする。私も友人のSarahがボートに呼んでくれ、 :-) タクシーを使って運河まで行った。25日は公共の交通機関は全てストップし、タクシーだけが唯一の交通手段。この日はタクシーの値段も2倍に高騰すると聞いていたのだけれど、私たちはラッキーで、通常の価格だった。

午後2時に集合。25日恒例と言われるエリザベス女王のスピーチを途中から聞き、料理の手伝い。とはいえ、ほとんど事前にSarahが作ってくれていたため、デザートのクリスマス・プディングの準備をちょこっと手伝う。このクリスマス・プディングはたっぷりのドライフルーツとナッツ、ラム酒入りのケーキで、バターを添えて食べる。私とXiomeiはこのバターと砂糖を混ぜる係りを務めた。

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何でも、Sarahのおばあさんや従兄弟などは、毎年9月頃からこのクリスマスプディングの製作に取りかかるらしい。プディングをしっかり蒸して、ブランデーをしっかりしみ込ませるためなんだとか。

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        (これがクリスマスプディング)

前もって聞いてはいたけれど、このクリスマスプディングはかなりラムがきいていて、すご~く甘い。だから1年に1度しか食べないと教えてもらう。

それからイギリスのクリスマスと言えば、クリスマスクラッカーが欠かせないものらしい。この時期だけの特別なもののようで、細長い円筒状のクラッカーの両端を2人で引っ張りあうと、バンとはじけて、中から何やら色々出てくる。王様の冠の紙製帽子(教えてもらうまで何か分からなかった)、そして小さなおもちゃと、クイズが書いてある小さな紙。クリスマスはこの帽子をかぶるのが、特徴らしい(1番上の写真参照。手前のOlivia from Ugandaは張り切って2つかぶっていた)。大人も子どもも皆かぶるそうだ。冠というよりは、どうしても厚いハチマキに見えてしまう私。

私たち7人は初めての(Sarah以外)イギリス式クリスマスを堪能した。クリスマスの過ごし方って、国によって色々特徴があるなぁ。。。イギリス人がクリスマスを心待ちにしているのが分かる気がする。
イギリスに来て、半年。来年も色々なイギリスを見ていきたい。

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クリスマス休暇中の図書館
2008-12-22 Mon 09:58
 Semester 1の授業が終わり、1月半ばまでは休暇。ヨーロッパ各国やアメリカ、カナダなどから来ている友人たちはお国に帰る人がほとんどで、他の学生もヨーロッパ各国に旅行に出かける人が多い。私も12月31日から数日間、イギリスを離れる予定。

 そのため、1月半ばに提出のSemester 1最後の課題を、なんとか今年中に終わらせなくてはと、悪戦苦闘中。この休暇中の良いことは、図書館が静かなこと。普段の図書館だと、静かにしなくてはいけないエリアでも、電話を通して、or友人と大声で話していたり、時にはPCでビデオを見ている学生もいて(イヤホンしてても、もれてくるほどの大音量で見ている)、なかなか図書館で勉強をする気になれなかった。個室がとれた時は、ラッキー。でも数が少ないので、いつも一杯だったが休暇シーズン、どこもかしこも図書館は静か。

 これで勉強も捗る!と意気込むも、次のエッセイもなかなかtoughそう。。天然資源がどのような方法で、紛争を悪化させるかについて書いている。それと、今回は11月に参加したジェンダーのワークショップの感想、またそれに基づく関連本で裏付けをとりながら、リポートを書くという課題もあり、机の上は本と電子ジャーナルの資料でごちゃごちゃ。。。

 年末も近づいているし、大掃除含め、色々とやらなきゃリストがたまっているんだけれど、まずは課題を終えてからと先延ばしにしている自分。年末に向けて慌ただしくなりそう。


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休暇
2008-12-21 Sun 10:06
 前にもblogに書いたことのあるSarahのボートに、休暇中も時々遊びに行かせてもらっている。先日はエチオピア出身のMarthaがボートの上でエチオピアコーヒーを作ってくれ、皆で約1時間半、せっせと豆(これもエチオピア産)から煎って、潰して火にかけ、午後のひと時を過ごした。
 コーヒーと言えばエチオピアは原産国で、コーヒーという言葉もエチオピアの、あるコーヒーの産地に由来していると一説では言われているほど。

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 私も挑戦。簡単そうに見えるが、意外と難しい。エチオピアでは各家庭でも若干の差はあるものの、子どもの頃からコーヒー作りを学び、家族に作ってあげるのだそう。でも、Marthaはコーヒーが好きではないようで、自分の子どもにはコーヒー作りをあまり強要していないと。でもコーヒーは嫌いでも、このセレモニーを囲んで約2時間~4時間(通常このくらいかかるらしい)、家族や友人たちと過ごすことは、すごく良いと言っていた。

 日本の茶道にも通じるところのある、このコーヒーセレモニーは炒るところからスタートし、来客をもてなす。最初の一杯の後は、普通ちょっと薄味の2杯目のコーヒーが注がれ、最後に一番濃い3杯目のコーヒーを飲んで終了となるようだ。小さなお茶碗にたっぷりの砂糖を入れて飲むのが主流らしい。

 食事の後、家族でコーヒーセレモニーをして一家団らんの時間を持つ家が多いんだって。家族皆で優雅な時間を過ごすコーヒーセレモニーは、エチオピアの誇りある文化の1つなんだと実感。贅沢な時間の使い方だなあ。。

 肝心のコーヒーの味は、、かなり甘い。。。(この小さなカップにスプーン3杯の砂糖だから当然なんだけれど)。アジア出身の友人たちは至って同じ感想だったけれど、ウガンダとサウジアラビア出身の友人はとても美味しいと大満足のようだった。


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Yorkshire Pudding
2008-12-19 Fri 11:24
 Yorkshire Puddingは、イギリスの家庭料理の一つ。確かに、イギリス人の家庭にお邪魔したり、地元のレストランでもよく目にするメニューだ。最初、聞いた時はてっきりデザートかと思ったが、ここでは主にローストビーフと一緒に、このYorkshire Puddingが出てくる。でグレイビーソース(肉汁で作ったソース)と共に味わうのが主流らしい。。
 Yorkshire Puddingはいわゆるパイで、例えていうなら、シュークリームのシュー皮(しっかりタイプのもの)。これを一から作る人も多いらしいが、大きなスーパに行くとこのPuddingだけ売っていて自宅で簡単にYorkshire Puddingが食べられる。

 勿論、私は家でYorkshire Puddingとローストビーフを食べようなんて思ったこともなかったのだけれど、最近このYorkshire Puddingを使ったオリジナルメニューにこっている。私の横の部屋に住むリビア出身のSuwaziが特製Puddingを作ってくれ、私が大感動したことがきっかけ。

 Yorkshire Puddingの中に、炒めたタマネギ、ピーマン、ニンニク、トマトとリビア産の香辛料、最後にツナを混ぜてオリーブを上に乗せたら、あとはオーブンに入れるだけ。イギリスの学生生活が始まって、しばしば催されるホームパーティー。大体誰かの家に一人一品もしくは飲み物を持ち寄って、集まる。この時にも何度か持参したこのPuddingは、いつも大抵好評~。(地元のイギリス人にはよく驚かれるが)。

 一度はまるとそればかりになってしまう私は、自分1人でも時々夕食に作る程。チーズを入れたり、野菜の種類を変えたりしながらちょこちょこアレンジしているのだ。


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 いつもリビア風料理をたくさん教えてくれるSuwaziさん、有り難うございます~。
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日本食
2008-12-15 Mon 11:09
 今日は、Rotary Peace fellowの1人Youla(Canada)が企画したTea Partyに参加。皆が1人1品Sweetsを持ち寄り、紅茶を飲みながら午後のひと時を過ごそうというもの。Xiomei(China)と私(Japan)は、アジアのデザートを用意しようと意気込み、白玉(中国語:湯圓)を準備。黒胡麻とピーナッツ、2種類の白玉約30個と甘栗を持参した。

 今回はいつもお世話になっているHost counselorを招いてのPartyだったが、イギリス人のcouselorの皆さんにはどうも白玉の外見が奇妙に映ったようで、「これは何?」と質問の嵐。「小さなタマネギかと思った」という意見もあり。

 で、食べた後の感想はと言えば、「Interesting」とか「Strange」といったコメント。要は、美味しくない : (と解釈して良いだろう。。。イギリス人には全般に評判の良くなかった白玉だったが、南アフリカやカナダ、ザンビア出身の友人には好評だった。その後は、別の友人の送別会に顔を出し、夜はメキシコ出身の友だちの誕生会。手作りのメキシコ料理を堪能した。美味しかったなぁ。。。

 そうそう、一昨日の夜は、別のホームパーティーで寿司を作った。寿司は日本食の代表として、イギリスでも市民権を獲得しているよう。日本では決して寿司を作ることなんてなかったが、料理上手の日本人の友に習って、1人でも巻けるようになった。ちょっと具がはみ出てても、他方に寄っていても気にせず、もりもり食べてくれる友人たち。

 って、日本の寿司職人の方が見たら、呆れるどころかお叱りを受けそうだけれど。どこでも大抵、日本食は大人気。白玉に関しては、好き嫌いがはっきり別れるようだが。。。


 
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2本目のエッセイ終了~
2008-12-12 Fri 23:43
 2本目のエッセイは、なかなか思うように進まなかった。1本目のエッセイを出し終えてから、翌週には関連本を読み始めたはずが、結局ぎりぎりまで最後の仕上げに追われていた。一通り本を読んだ後、構成を考えてみるものの、どうにもしっくり来ず担当のProfessorやTutorに会ってはいくつもの疑問をぶつけ。。。ようやく理解し構成が固まった頃には締め切りまで残り1週間。そこからはとにかくPCの前に向かい、書くこと数日間。すっかり夜型になってしまい朝方5時くらいまで書いては寝る、起きては又書いてチェックしてという作業を繰り返していたため、途中で朝なんだが夜なんだが分からなくなる始末。

 前回の教訓も踏まえ、字数には気をつけていたつもりだが、また字数を大幅にオーバーしてしまい(規定4000字の所、5500字に達してしまう)、又しても削る作業に苦労した。。。 

 今回の課題は、自分で読み手を決め、結論の中にsuggestionを持ってくるというもの。架空の話なんだけれど、このリポートは来月ルワンダを訪問する国連日本政府代表部特命全権大使と、外務省のアフリカ審議官に充てたもので紛争と紛争解決におけるgenderの大切さや影響について、3ヶ月間のフィールド調査とメディア、academicな資料からまとめたものと設定してから、内容を詰めていく。紛争解決:justiceとpeaceの関係に焦点を充てることに基づき、ルワンダ国際刑事裁判所(ICTR)のjusticeをgenderの視点から紐解いていく。

 書きながら学ぶことの多い作業だった。と同時にここ数日あまり寝られなかったため、昨日(提出日)の夜は打ち上げクリスマスパーティーに参加するも、すぐにうとうと眠気が襲ってきて、帰宅後約12時間昼まで一度も途中で起きることなく熟睡した。よって今日はこの上なく快適な目覚めだった。エッセイ提出の翌日の朝って、前回同様すごい解放感がある。。。

 来週前半まではしばし休憩。。。ということで今夜から来週前半にかけては、クラスメートの友人と共に、tea partyやboat trip、ホームパーティー、マンチェスターへのクリスマスマーケットツアーなど色々イベントが目白押し。数日間は、勉強から遠ざかる予定。

 とはいえ、又しても次のエッセイのdeadlineがやってくるため、勉強は来週後半から始動開始予定。
 
 大学院での勉強は大変だけれど、自分の時間が自由に使えて、学びたいことを勉強できる環境が整っているってとても貴重で恵まれている。有り難いことだなぁ。。


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2008-12-05 Fri 23:10
 気温が下がっても、12月には雪は降らないよと聞いていたけれど、

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 今年は雪が!!まだ12月も初旬。今年は、いつもより寒い冬がやってくるそうだ。
どんだけ寒くなる!?

 
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Rwandan Genocide-ICTR
2008-12-04 Thu 05:13
来週のessay提出に向けて、ここ最近はルワンダのジェノサイドとルワンダ国際刑事裁判所(ICTR)におけるジェンダーの関係を調べてきた。1994年に起こったルワンダのジェノサイドでは約100日間に80万‐100万人が殺されたと言われている。そしてその期間に、暴行を受けた女性 の数も約50万人に及ぶと見られている。Tutsiと穏健派のHutuの男性も女性も暴力のターゲットになったが、中でも女性に対する性的暴力は、戦争の道具として用いられた。(Human Rights Watchのデータでは、16歳から26歳の女性が主に狙われが、最終的には2歳から50歳以上まで広範囲に及んだとしている)。
 
生き残った女性のうち、半分以上がHIVに感染したというデータもある。ルワンダ政府が公式に発表したドキュメントによれば、1994年7月ジェノサイドの後、HIVの感染率は大幅に上がったという。またジェノサイドの後、2000人から5000人の子どもが、性的暴力によって生まれた。そうした子ども達は「憎しみの子ども」とか「悪い思い出の子ども」と呼ばれた。

ジェノサイドの直後、ルワンダ国内の人口は約70%が女性となった。1994年11月に、国連の安全保障理事会はICTRを設立。1995年2月の決議977によってタンザニアのアルーシャに設置され、1995年11月に裁判所の任務が開始された。

そして1998年9月のICTR判決(検察VSJean-Paul Akayesu)により、初めて性的暴力が集団虐殺行為として訴追されうることになった。Jean-Paul Akayesuは集団虐殺、人道に対する罪、戦争犯罪の罪で告訴された。具体的には集団の性的暴力を黙認していたという罪である。

1994年のジェノサイドに関連する罪を、国際裁判基準に基づいて公正かつ公平に調査し起訴することができるのかということに関しては深刻な懸念が残っている。現に2004年までの裁判記録では、90%の裁判が性的暴力の有罪判決は含んでいなかったとされる。ICTRは、まずタンザニアのアルーシャにあり、地理的に遠いこと。ルワンダの人があまりICTRについて十分な知識を持っていなかったことが理由にあげられる。でもそれはほんの1つの理由に過ぎず、大きな問題としては被害者や目撃者(証人)のプライバシーや安全が守られていなかったこと、それから検察官や弁護士に女性がほんの数人しかいなかったことは大きな理由の1つにあげられている。例えば、ICTRで実際に証言をした女性の個人情報が外に漏れていて、その後その彼女は社会で孤立し、脅かされたという例もある。

社会的なcontextも影響している。ルワンダでは人前で性的暴力について話すことはタブーとされてきた。ただこれに関しては、あるインタビューでは性的暴力を受けた多くの女性が、女性の前でなら話せるということを述べていた。ICTRには、すべての犠牲者と証人の身の安全を保証するまでは、土台が整っていなかったのだ。

今なお、ジェノサイドの時に負った傷と闘いながら生きている人の声を、文書で幾度も読んだ。またBradfordの友人の友人がルワンダ人で、その彼女によれば2008年の今も、「1994年にルワンダにいた」と分かれば、女性はすぐに「汚いもの」というレッテルを張られるという。

紛争、ジェノサイドは、男性にも女性にもネガティブなインパクトを与える。ジェノサイドも時が経つにつれ、過去の忌ましい出来事と捉えがちだが、過去に苦しみながら生きる人々にとっては、紛争はまだ続いているとも言えるのではないか。Conflicts cannot be resolved without overcoming hatred (by Jeong). (紛争は憎悪を乗り越えることなしに、解決はされない)。戦争は和平合意が結ばれたからといって終わりではないのだ。
 
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