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授業終了
2009-04-27 Mon 03:32
今週で、大学院全ての授業が終了した。あとは、数日後に刻々と締め切りが迫っているエッセイ2本を仕上げれば、残るは修士論文のみ。12月までにBradfordの論文と、出来れば東大の修士論文も2本書き上げたいと計画を立てている私(東大の方も、授業は全て履修済みで残すは論文のみなのです)。周りからは、無謀だと言われ確かにそんな気もするのだけれど、出来れば一踏ん張りと思っている所(実際には一踏ん張り所では済まなさそうだけれど。。。)

東大でもBradfordでも、学べば学ぶ程、分からないことが多くなって、知らないことが沢山あることを実感する毎日だった。ここでは、アフリカの平和、紛争コースを取っているため、授業もアフリカのことを学ぶことが多かったし、エッセイでもケーススタディは大体アフリカ大陸の中から選んでいた。その度に、アフリカを遠く感じたり、近く感じたり。果てしなく広大で驚くほど多様な文化、歴史を持つアフリカ大陸。1つに括る事は決して出来ないなぁと強く思った。

クラスメートも色々な国から来ていて、議論は面白かった。Semester2では開発学の授業もとっていて、毎週1~2回のグループワークがあったため、Semester1より断然忙しくなったけれど、この過程は想像以上に勉強になった。このグループワークに関しては、また後日書くとして、Bradfordに来てからは、エッセイの数も字数も多く、提出期限前は本当に大変だった。でも、周りの皆と色々意見交換をしたり、役に立つジャーナルや本を交換しながら進めるプロセスはけっこう楽しかった。授業が終わってしまったこと、なんだか寂しい。これからは授業がないので必然的にクラスメートと会う機会が減るし、もうすぐここを去り、自分の国で修士論文を仕上げる人もいる。

私も6月から9月上旬まではBradfordを離れ、ルワンダへ。約3ヶ月間のインターンは、Rotaryと大学が決めたプログラムの1つになっている。こちらでの論文は色々悩んだ結果、紛争後の正義、和解について、ジェンダーの視点から見ることに。そのケーススタディーとして、ルワンダのGacaca裁判とルワンダ国際刑事裁判所(ICTR)について取り上げる予定。


という訳で、最後のエッセイ2本、仕上げなくては。。。




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セメントの袋
2009-04-17 Fri 04:31
床の修復の際に使ったセメントの袋、子ども達の数人は何に使ったでしょうか?

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     ↓       (ノートカバーに)。
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ホームの子ども達のこと
2009-04-17 Fri 04:20
私はウガンダに行くと、そのほとんどはサマニャの丘のホームで寝泊まりする。今回、子ども達の行動で、思わず笑ってしまったのは、Girl's roomに寝泊まりしている子ども達が、毎夜毛布を交換していること。「今日は@@の毛布にくるまって寝る!」「私は@@の毛布!」という具合に、毎晩毎晩飽きもせず、それを繰り返す。よく見ていると、全員が前の晩と違う毛布を使っている。2日目の夜は、私の毛布にもお誘いが来て、Rose(10歳)と交換することに。

同じ部屋で寝ている寮母さんに聞いてみると、「子ども達は本当に面白いわよ。数か月のペースで子ども達の間で流行ることは、変わるのよ。今は毛布交換。何故これが流行っているのか分からないけれど、面白いねえ」と笑っている。

この毛布交換の前は、夜になると寮母さんへの質問タイムがひっきりなしに続く時期があって、寮母さんは睡眠不足が続いたこともあったらしい。(質問の内容は、宗教に関する事だったり、髪の手入れの仕方だったり、多岐に渡っていたそう)。

子ども達は周囲にあるもの、起こること、色々なことに興味を持っている。そこから、その時々で色々子どもの間で流行るものが変わるようだ。毎度、子どもの成長に驚くとともに、子ども達の行動に笑わせてもらうことも度々。

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そういえば、4月1日のエイプリルフールの時に、子ども達がついた嘘は。。。校長のEvalistの所へ、多数の子ども達が駆け寄って行き、「ゆかが呼んでいるから、早くいってあげて」だった。かわいい嘘です。




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15年の月日ーJusticeとは?
2009-04-16 Thu 17:51
ウガンダから帰って来て、4月7日。
15年前のこの日に、ルワンダのジェノサイドは事実上スタートした。ルワンダ大統領を乗せた航空機の墜落をきっかけに、80万‐100万人のツチと穏健派のフツが殺害された。この15年間を、国民はどのように捉えているのだろう。この忌まわしい出来事が、人びとの記憶にどのように刻まれているのか。

ジェノサイドを執行したフツは、ジェノサイド後ツチの報復を恐れ、多数がコンゴや隣国に逃げ込んだ。中には、イギリスまで逃げて来た人もいる。そんな折、イギリスで1994年のジェノサイドに加担したという罪に問われていた4名のルワンダ人が、ルワンダに送り返されないことが決まった。4名は、1994年のジェノサイド後にイギリスへ逃げてきた。ルワンダに戻れば公平な裁判を受けられないと主張し、母国への送還を拒んでいた。これに対し、イギリスの高等法院は、ルワンダでの裁判は政府の妨害などが入る可能性が高く危険だとし、2006年末から勾留されていた彼らの釈放を決めた。4名の中にはすでに名前を変えていたり、イギリスの市民権を得ている者もいる。

イギリス人の間でも、今回のこのニュースに関しては意見が分かれる。裁判官の下した判決は正しいとする人もいれば、その一方で、自分がイギリス人であることを恥ずかしく思う。ルワンダのような大虐殺が起きた国では、完全に公平な裁判をすること自体難しいのではないか?不正義はルワンダではなく、イギリスにあると主張する人も。

私はちょうど先週末、ルワンダ出身の友人から、「ジェノサイドで愛する家族を失なった人の中には、未来に希望を見出し、前を向いて歩いて行かなくてはいけないと、過去の忌まわしい呪縛から一歩を踏み出している人も多い」といった内容の話を聞いた。その一方で、人々は心の中に葛藤を抱えながら生きているということも。

確かに、ルワンダの司法制度が公平かと言えば、批判できる所もあると思う。でも、今回のこのニュースを聞いて、一体正義はどこにあるのか?ととても疑問に思った。ジェノサイドで愛する人、家族を亡くした人たちは、このニュースをどんな想いで聞いたのだろうか?私のルワンダ人の友人は言っていた。ルワンダの虐殺で何の対応もとらなかった国際社会、結局は今も変わらないのだよと。それに対して私は何も言えなかった。


ジェノサイドから15年目のその日は、イギリスが大量虐殺をおかした罪に問われている人に対して、安全な避難所となった日とTimes紙は表記する。(On the day the world marked the 15th anniversary of the Rwandan genocide, Britain officially became a safe haven for suspected mass murderers. -Times On line)

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PLE
2009-04-13 Mon 07:29
PLEとは、ウガンダ国内の小学校卒業試験で、この成績次第で中等教育へ進学できるかどうかが決まる。今期からP7を導入したことにより、約10人の子どもがこのPLEを今年受験することになる。11月上旬に試験があり、来年1月下旬頃には結果が分かるのだが、成績は1級~4級、決められた点数に届かない場合は不合格となる。不合格になった場合は、どんなに希望しても中等教育には進めず、P7をリピートし、再度次年度の試験の機会を待つ。

ここ最近のウガンダ国内の教育事情は、PLEの受験成績は下降気味。不合格者の割合も増えているようだ。このPLEだけで子ども達の学力レベルを判断することは偏りがあるだろうが、一通り小学校で学ぶべき問題が収まっていると言われているため、P7を教えている先生はこの対策に向けての授業も合わせて行っている。

P7担当のEvalist氏も、朝の7時半から日が暮れるまで、平日は毎日勤務時間を延長して、子ども達に教えている。Evalist氏、他の先生と比べても非常にやる気があって、子ども達への面倒見が良い。またウガンダ国内共通して算数の苦手な子ども、先生が多いのだが、彼の得意分野は算数。彼は以前JICAの研修に参加したことがあるのだが、その時に習った九九の歌を使ったり、授業後も分からないで困っている子に、しっかりと時間を割いて向き合っているのだ。

P7の子ども達も一生懸命勉強をしているのだが、私の個人的な感想としては、残念ながらまだ学力レベルがP7に至っていない子が多い。このサマニャの丘に本格的に学校がスタートして、1年半。それまで学校に行っていなかった子も多いし、色々な問題を抱えながら学校に通って来る子もいる。ホームに寝泊まりできる子は数も限られているし、他の「子どもだけで住んでいる家」から来ている子は、家に帰ったら働かなくてはいけない。集中力が続かない子もまだ多いし、本当の基礎学力がない子が多いのだ。こうした子ども達と触れ合うにつけ、「焦らずゆっくり見守っていきたい」と私は思っているのだが、同時に今まで以上にクラスの仲間と一緒に楽しそうに勉強をしているP7の子達を見ると、この試験があることでの子ども達のモチベーションが高くなっていることに気付き、皆頑張れと思うのだった。


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(授業が終わった後も、引き続き勉強をしているP7)



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床の水拭き
2009-04-12 Sun 17:38
クラスルームの床の2カ所に少し前から穴が1個出てきて、これ以上穴が大きくならないように、2つのクラスルームの床を修復した。修復といっても、穴の部分にセメントを埋め、下地処理。その後乾いてからまた上にセメントを重ね、床全体が均一に平になるよう、セメントを塗る。そこから2日間、完全に乾燥するのを待つ。その後、水拭き。

このサマニャの丘では、ホームやトイレ、バスルームなど全ての工事で、子ども達は何らかのお手伝いをしてきた。例えば、工事の時に必要な水汲みとか、セメントを運ぶ作業とか。子どもの1人が始めると、「私も」「僕も」と他の子どもが集まってくることが多い。

今回の水拭き作業はエンジニアの号令で、子ども達にその任務が託された訳なのだけれど、見ているとしっかり手伝っているのは、たった2人であとの子ども達は水拭き中の床が滑るのがとっても楽しいようで、その上をきゃ~きゃ~言いながら、走り回っていた。しばらくして年上の子の号令で、今まで遊んでいた子は、仕方なさそうにその場を去り、作業は無事終了した。


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教科書の使用方法
2009-04-10 Fri 16:09
先生達の間で、教科書の使用方法について簡単な話し合いが持たれた。教科書には全て学校のハンコを押し、授業開始時に先生から配る。また授業終了と同時に、先生がスタッフルームに持ち帰る。小学7年生に関しては、PLE(national exam)を控えているため、夜の間の自習や補講などで個人的に使うことを許可することなどが決められた。子ども達は初めて手にした教科書に、目を近づけて、食い入るように読んでいた。また先生達も教科書の到着を心待ちにしていたようで、教科書1冊1冊にハンコや番号をつけていく作業も、ほとんどの先生が勢揃いして楽しそうに作業していた。

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(↑教科によっては、1人1冊教科書が渡る)。

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低学年の子ども達に1番人気はやっぱりチャート。今までスクールでは、特に低年齢の子ども達の集中力があまり続かず試行錯誤していたので、チャートや教科書で少しずつ集中力が持続していけば良いなぁと思う。



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掃除
2009-04-09 Thu 05:37
去年10月に約7ヶ月を経て完成したトイレ

このトイレ、深く掘るごとに穴の幅が小さくなって掘削が非常に難航したり、掘れば掘る程、沢山の石が出て来てなかなか削れず、工事はなかなか進まなかったのだが、その分地元のワーカーや、関係者の間でその間のプロセスなどがしっかりと記憶に残っているようで、今回訪れた私に色々な方がいかに大変な工事だったかということを繰り返し話してくれた。

だからか、トイレもバスルームも、とてもきれいに使われていた。

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きれいに。。と言えば、ホームでは朝の起床後、1日の始まりは部屋やスクールの周りの掃除と、料理に使う薪拾いなどから始まる。自分たちが使う場所は子ども達自身が掃除することで、大切に使うようになるだろうし、それも教育の1つになっている。

ただ、女子部屋と男子部屋を見比べると、どうも掃除の仕方が違う。それと物の使い方も。例えば、2007年12月に購入した蚊帳。女の子たちの部屋の蚊帳は、穴もほとんどなく大切に使われていたのだが、男の子の部屋のいくつかの蚊帳を見て、びっくり。。。穴だらけだった。これじゃ、蚊帳の意味が全くない。すっかりベッドの飾りの1つになっていた。

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(↑女子部屋)

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(↑男子部屋)
これはまだ穴を結んで、閉じられるとしても、、

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(↑男子部屋。1番ひどいバージョン)
こちらは、修復不可能そう。2つのみ蚊帳の追加購入をすることとなった。


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水問題
2009-04-09 Thu 04:08
ホーム/スクールの水。去年9月に大型タンク3個を設置したことで、子ども達、先生の飲料水、調理用の水は比較的綺麗な雨水を使うことが出来るようになった。これで、雨期の間は雨が降れば事が足りる。現地の皆は、タンクの設置を本当に感謝していた。「これは大きな進歩だと」。これによって子ども達が下痢や腹痛などを訴える回数も劇的に減った。しかし、身体を洗う時、また乾期の際は水が足りないので、近くのドブや遠くの湖まで水汲みに行き、汚い水を使わなくてはならない。

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(調理の際に使う水は、タンクの設置によって、改善された)。

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(給食ーポーショと豆のスープ)

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(これが身体を洗う水)。

私はアフリカ大陸に足を踏み入れてから、事に水問題に関して、やるせない気持ちになることが多い。イギリスや日本に住んでいると、水道代やミネラルウォーターを購入する場合は、確かに水にお金はかかるが、水で苦しむということはない。水は生活に不可欠で、生産活動を進める為にも、必ず必要になってくる。MUKWANOでは、随時食料の配給を行っている。これはホームとスクールで必要な食料の半分以上を占めている。全ての食料を配布していないのには、色々理由があるが、まずは現地の自助努力を損なわない為という理由が大きい。ホームがあるサマニャの丘は広大な敷地が広がっているため、ホームの畑でも自給自足を推進し、現在は芋や、豆、バナナ、パイナップルなどの農作物を植えている。この農作物の出来は全て天候に左右される為、農作物がうまく育つ事もあれば、失敗をすることもある。雨が比較的少ない大地で、効果的に作物を育てる方法を可能な限り導入はしているが、ここで完全な自給自足を達成することはなかなか難しい。両親がいる子どもがスクールに来る場合には学費をもらっているのだが、この学費を使って食料を買い足すこともある (生徒の約9割は遺児で、学費は無料。残りの1割の子どもは両親がいるため、学期ごとに学費をもらっている)。

なるべくなら、ホーム/スクールの食事はこの畑で作れたらと思っていたが、農地を拡大し、様々な農作物を生産するためには大量の水が必要となる。手軽に水を得る方法として、井戸があるが、これまで1年以上に渡り、この周辺で水を確保できる場所を探して来たが、調査をしてもポジティブな答えは返って来ない。人によってはずっと調査を続ければ、水の出る場所が見つかる可能性もまだあるよと言われるが、なんとなくその可能性は低い気がする。調査を始めてから実際に井戸が完成するまでにも約3年以上は見ておいた方が良いというアドバイスを受けた事もある。今後も地道にをキーワードに、水源を探してはいきたいと思っている。

工業用水を含めて、日本人は平均1日に3トン、アメリカ人は6トンもの水を使っている。一方アフリカ大陸に住む人は、1日に平均10~100リットルの水を使用すると言われている。先進国の100分の1である。私はアフリカと出会ってから、この数字の重みをひしひしと感じる。どうにか限られた水の中で生きていかなくてはならない。サマニャの丘近郊の村に住む人たちも、水に関しては同じ問題を抱えている。家にタンクを付けられた家では、最低限の生活用水は確保できるが、やはり乾期には厳しい環境を強いられ、一方タンクのない家では、何時間もかけながら水を求めてひたすら歩く。でもだからって、綺麗な水を確保できるわけではないのだ。

私たちは現地に根ざした方法で「持続可能な収入源」を得る道を模索しているが、large-scaleの農業の成功は今のところ、難しい。今回の訪問中、Masakaという街のあるorphanageに見学に行った。ここのオーナーはウガンダ人女性で、現在50人の孤児を引き取り学校に通わせている。外部からの寄付だけに頼るのではなく、現地のもので収入を得る手段を作る方法として、養豚事業を行っている。2匹のオス、メスの豚の購入からスタートし、今では60匹近くの豚を飼っては、村人に販売し子ども達の生活資金、学費に充てている。勿論、これだけの収入では子ども達全員を育てるのには足りないとは言っていたが、それでもこの事業を通して、ある程度の決まった収入を得られているのは、見習う点が多々ある。

サマニャの丘の性質上、天候が不安定(いつ雨が降るか分からない、水不足の問題)なため、天候に左右される農業や豚の飼育などは難しいかもしれないが、何らかの土地に根ざした収入を得る機会も模索していきたいと思う。これに関しては、先生達も真剣に考えている。

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教科書の購入
2009-04-07 Tue 19:59
イギリスに戻って来た。気温も10~15度前後になり、所々に春の花がお目見え。またウガンダ滞在中にイギリスはサマータイムが開始となり、日も長くなってきた。

今回はウガンダに到着後、すぐにRakaiに向かう予定だったが、教科書の購入を先に行うことになり、Rakaiより校長のEvalist氏に首都カンパラへ来てもらうことに。エンテベ空港よりカンパラへ向かうが、カンパラ近郊の渋滞がひどく、到着したのはエンテベを出て2時間半後(通常、空いていれば約1時間)。

Evalist氏と1年ぶりの再会を果たし、色々積もる話をする。翌日はカンパラのメイン通り:カンパラRoadの1番大きい本屋へ、Evalist氏と共に向かう。これまでサマニャの丘のホームスクールでは、先生のみが教科書を使っている状況だった。子ども達が活字を目にするのは、先生達が黒板に書くHand writingのみ。ウガンダ国内、そういった状況の小学校も数多くある。だからか、板書・暗記中心の教育となっている。勿論、中には生徒1人1人教科書を持っている裕福な学校もあれば、生徒2~3名で1冊をシェアという学校も多い。

去年末から、Evalistや他の先生達とは、基礎教育の充実を図る為にも、子ども達に教科書があったら良いのにと話をしていた。ただ、教科書を注文するにも一旦カンパラへ出てこなくてはならず、今期からの教科書導入を目標としていたため、今回の私のウガンダ訪問のタイミングと合わせて実現することとなった。

先生達が現在スクールで使用している教科書のリストと照らし合わせつつ、本屋の店員のアドバイス(最近の教科書の傾向や会社別の評判など)を聞きながらどれを購入するかEvalist氏と共に選択していく。またP7(小学校7年生ーウガンダの小学校は7年生まで)の際に受けなくてはならないPLE (national exam)対策の教科書、問題集などを購入。教科は、英語、算数、理科、社会、農業、宗教。
ただ、教科書は生徒約2人につき1冊の配布となる。

また低学年用のチャートを購入。これは大きな紙に九九やアルファベットなどが絵と共に書いてあるもの。授業中にも使用するが、一部はクラスルームの壁に貼ることを検討中。


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本屋での買い物。なんと、約5時間半かかった。教科書の注文を終えてから、倉庫に行った店員さん達、いつまで経っても戻らず。おかしいなと思い事情を聞くと、倉庫に保管されている教科書の束が学年、教科などバラバラに保管されていたためと判明。2時間が経過し、Evalist氏と一緒に教科書が来るたびに、レシートと共に間違えがないかをダブルチェック。全てチェックをし終えて若干疲れ気味の私たちをよそに、店員の1人が「私たちも再度チェックをするから」と言う。あとどのくらい時間がかかるんだろうか。1人の女性がレシートを見ながら赤ペンでチェックしていき、もう1人の警備の男性がチェックが終わった後の教科書をダンボールに詰めて行く。大きな5箱のダンボールが詰め終わり、ガムテープで封もし、ようやく赤ペンのチェックも終わるというその時、、、、女性が、P5の算数とP4の社会を見たのに、チェックがついていないと言い出す。。。。ここからが大変。今まで詰めたダンボールをもう1度開け直し、探し始める。床に教科書の数々が散在し、ここからまた1時間半。結局、両方の教科ともダンボールから見つかり、ようやく買い物終了。


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Evalist氏も私も、本屋を出る頃にはくたくたになりながら、でも同時にようやく教科書を購入できたという充実感も混じりながら、大きなダンボールと共にカンパラの中心街を後にした。しかし、、今回のウガンダ訪問、短い為に色々な予定を時間刻みに入れていたため、本屋の後に会う予定だった皆に急遽時間をずらしてもらった。Blogを通して連絡をいただいた同じくアフリカ研究者のMさん、そしてBradfordで一緒のウガンダ出身の友人(写真中央、とっても頼もしいOlivia) も同じ時期にウガンダにいることが分かり、会食。ご縁に感謝。お待たせして申し訳ございません。。。

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続く。


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