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披露宴
2009-08-30 Sun 18:00
教会で式を無事執り行った2人はその後披露宴へ。2人の入場に続き、ダンスや歌のチームが催しを行ったり、友人や家族のスピーチ。ケーキカット、ケーキバイトがあり、その後はそのケーキを新郎新婦が列席者へ配ったり。

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興味深かったのは、ゲストの方のギフト贈呈時間。ゲスト代表のグループがいくつかあり、それぞれがギフトの説明をマイクで延々とする。そのギフトが何で、どうやって使って欲しいかなど細かく説明。
ギフトもバナナの繊維で作られたマットやミルクを入れる為のつぼなど様々だった。

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列席者の数も150人くらいで、豪華な披露宴。披露宴では食事はなく、ソーダやケーキが振る舞われた。結納式に始まり、長丁場のセレモニーの数々だったが、2人の幸せが伝わってきて、とても楽しませてもらった私。誘ってくれた警察官の友人にお礼を言うと、彼はようやく一連のセレモニーが終わってゆっくりできることがとても嬉しいと言っていた。親族や同僚は、1ヶ月半くらい前から、毎週ミーティングを重ね、お金をcontributeし、それぞれの役割分担をしっかりと全うせねばならず、周りはとても大変なのだと。確かに、2人の幸せ、また無事セレモニーが行われたのも、多くの人の協力があったからこそ。関わった多くの皆さんにお礼を。そして新郎新婦の2人へ。本当におめでとうございます。

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(ルワンダの伝統的衣装 Imishananaを着て、出席)。

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結納式
2009-08-30 Sun 17:50
先日、Ingandoに行った際、学生への講義を受け持っていた警察官の方に「週末に妹のintroduction party(結納式)とwedding ceremonyがあるけれど、来る?」と誘われた。

ウガンダ式結納や結婚式はいくつか参加しているが、ルワンダ式は初めて。勿論、即答し列席させてもらうことに。

女性側の家の庭で開かれたのだが、結婚を申し込む男性側の親族代表と女性側の代表(通常は、父親が務めることが多い)が約1時間半に渡り、家族や親戚、友人、同僚らの前で話をする。その際、当の結婚を申し込んでいる男性と女性は、その席に同席できないらしい。列席者皆に聞こえるように、マイクで話合う。冗談なども入り交じり、双方とても嬉しそう。

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この結納式では、大抵男性側から女性側に、牛を贈呈しなくてはならない。ただ、男性も女性も現在首都のKigaliに住んでいるため、牛を置くスペースがないことから牛1頭相当の現金を女性側に支払うことになった。牛も質の良い、値の高いものを渡したいという思いからか、その額は$1000くらいらしい。ルワンダ国民の所得水準から考えると、決して安いものではない。

女性側の親族からの承認がとれた後、初めて当の男性、女性がお目見え!ルワンダダンスが披露され、そのダンスチームに続いての登場。

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(このダンスは牛を表現したもの)。

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メイン席で、2人がドリンクを交換し合ったり、それぞれの家族に挨拶に行ったりと、終始和やか。その後は教会で式があり、披露宴に続く。1日でこれら全てを行うカップルも最近増えているらしい。


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赦すこと
2009-08-29 Sat 03:38
先週末から、ちょくちょくルワンダ南部へ行く機会に恵まれ、フィールドでの仕事に同行させてもらっている。ここでは、2007年から現地のNGOが進めている加害者と生存者、またジェノサイド中にツチを助けた人などその地区に住む80人近くが集まるミーティングが開かれていた。こうしたミーティングは、この地区では定期的に開かれているらしい。この日は、トラウマとの向き合い方を初め、人の「心」などについての話を始め、普段の食事についてのアドバイスや、村に住む皆がどうやって共に助け合っていくのかといった講義が開かれていた。


私はここで何人かの村人の話を聞く。ジェノサイドで夫を亡くした女性。その夫を殺した犯罪者。同じ部屋で、そのミーティングに参加していた2人。その女性は話してくれた。「夫を殺され、私はずっと苦しんでいた。赦すことなんてできないと思っていたけれど、彼がGacacaで、またその後刑務所から出てきてからも、彼から赦しを求められ、私は赦していた」。その横で女性の夫を殺したという男性は、無言でうつむきながら、女性の言葉をただただ聞いていた。「私の夫は、もう何をしても戻って来ない。私はここで生きていななければならないし、彼(夫を殺した男性)は今、自分が困っている時に、色々な方法で助けてくれる。今は飲み物や食べ物もシェアをする」。

私はこの女性の言葉を聞き、胸が一杯になった。自分の愛する人を殺した人を赦し、今共に生きているのだ。「私は赦していた」という言葉。。すごく自然な形で彼を赦していたようにも聞こえるが、その道のりは決して簡単なものではなかったと思う。でも、確実に和解に向けて前に進んでいるのだ。和解、それは、簡単ではないし、今も尚、苦しんでいる多くの人がいることも事実。このミーティングにも出席していない生存者もいるという。普通だったら赦せない人を赦す。。私には想像の域を超えるほど難しいことだと思うけれど、すごく深い愛がなければ決してできないことではないだろうか。



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Gacaca裁判
2009-08-29 Sat 02:48
何度かこのブログでも書いているルワンダのGacaca裁判。ルワンダに来てから、これまで6つのGacaca裁判を見学した。去年Gacacaの法律が改訂され、Category 1に属する重罪の人もこのGacacaで扱うようになったため、去年から今年にかけてはcategory 1の容疑者を扱う裁判が急激に増えているようだ。私が見た裁判も3つがcategory2に属する容疑者のもので、残りの3つがcategory 1に属するものだった。


この裁判の中で、罪をどう裁き、そしてどのように国民の間に和解を導いていくのか?ルワンダでは、裁くことによって、和解を目指した。ガチャチャ裁判では、罪を認めて告白し、赦しを求める場合には、減刑をし労働奉仕性も導入。加害者の口から真実が解明されれば、そのプロセスの中で謝罪や赦しが生じることにつながるかもしれないという考えに基づいている。

私が見学をしたGacacaでは、全ての裁判において容疑者は全ての容疑を頑なに否定していた。ある裁判では、目撃者が多くいたのだが、容疑者の供述や話に、全く一貫性がなく、judgeの人も判断がしにくかったのか、またかけられている容疑があまりに多かったからか、更なる目撃者を求め、結局3週間に及び、裁判が続くこともあった(Gacacaは、1週間に1度開かれる)。被害者の中には当時のことを語っている途中に、これ以上はもう話せないと言って退席する人もいた。


こうした状況で果たして、赦すことはできるのだろうか?本当に正義は実現されるのか、対立を生まないのか、虐殺の記憶を呼び起こさせ、更なるトラウマや心の傷を広げるのではないかなど、次々に疑問が浮かんできた。

本当に赦すことは難しいのではないかと思っていた。

(追記:Gacaca裁判が始まった数年は、犯した罪の重さが低いとされる人の裁判が行われていて、その時は、罪を告白し、赦しを求める人も最近に比べると多かったようだ)。


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郵便
2009-08-25 Tue 02:52
ルワンダの切手。1番大きい単位は300RWF(ルワンダフラン)。(■500RWFが大体1ドルくらい)。日本に小さな荷物(500g未満)を送るだけでも、沢山の切手を貼らなくてはならない。貼るスペースを考えていないと大変なことになる。よって住所を書く時、どうしても小さく書くようになってしまった。

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(アメリカに送った荷物。封筒の中央に小さく住所を記入)。

昨日分かったことなのだが、キガリのメインポストから約1ヶ月前に送った祖母への絵ハガキ、まだ届いていないらしい。NURCのオフィスはメインポストの上にあるので、今日通りがかりに切手を販売している人に聞いた所、2ヶ月かかることもあると言われた。ちゃんと届くのであれば良いのだけれど。


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偶然
2009-08-22 Sat 03:30
ここ最近、偶然の出会いが重なっている。

キガリの街中で昼食を終えて外に出ると、5年前に会って以来、連絡が途絶えていたウガンダ人の友人とばったり。彼が声をかけてくれなかったら、もしかすると気づかなかったかもしれない。友人はその頃、メールアドレスや電話など持っていなかったので、その後なかなか連絡を取り合うことが難しかった。今は、ソーラーパネルを宣伝する会社に勤めているようで、その仕事の関係でルワンダに2週間滞在しているらしい。滞在のほとんどはルワンダの地方で、久しぶりにtownに帰って来た所に遭遇。

すごい偶然。よく私のこと気づいたなあと感心していたら、これまでにも何度かウガンダで日本人や中国人の中に、私に似た人がいたようで、声をかけて間違ったことがあったらしい(笑)。嬉しくて1時間くらい立ち話。


それと、先月。ウガンダに行く前に、ルワンダの地方の街で、NURCのスタッフの1人を待っていた時のこと。彼女からは「すぐに着くから、バスパークの中で待っていて」と言われたのだけれど、時間がかかるかもしれないと思い、街の人に「安くて美味しいお店はどこ?」と聞いて入った小さなレストラン。バスパークの裏の路地に入った所にあり、聞かなければ絶対に入らないお店。店内は人人人で一杯。地元の人気店なんだろう。外国人など他にはいなく、1人で食事をしていた所、「Yuka」と興奮気味の声が聞こえる。頭をあげると、ウガンダで時々お世話になっているドライバーのRobertがいるではないか。ちょうどウガンダに行く時に、車両の手配をお願いしたいと思っていて、電話をしなくてはと思っていた矢先のことで、本当に驚いた。結局、NURCスタッフの彼女がやって来るまでの約1時間半、ずっと四方山談義に付き合ってもらった。

「偶然」の不思議な力、ふとした偶然がこうも重なることがあるのかと、びっくり。 なんだか不思議な縁も感じる。




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強い風で
2009-08-13 Thu 10:46
Home visitへ行く途中の道で、遭遇。

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早朝に吹いた強い風の影響で、家の屋根や家の家財道具の一部が吹き飛んでしまったとのこと。

お母さんと子ども2人で暮らしていた家。親戚なども遠くに住んでいるため、助けを求めることは出来ず、大きな木の下にただただ座っていた。
「お金もないし、どうすることもできない。しばらくこの木の下で生活をして、神に祈ります」。

現地スタッフが、ビニール袋などを集めて渡せば、家の修復ができると提案し、私たちはそれぞれ持っていたビニール袋やガムテープ、レインコートなど少しでも役に立つかもしれないものを手渡した。

家自体、泥と水と木で作られたもので、強い雨や風などに耐えられる程、強い構造ではない。他にも今朝の風で家が壊れてしまった所があるかもしれないと思いながらも、その日Rakaiを出る日だったので、何も出来ずに帰路についた。


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home visit
2009-08-13 Thu 09:27
MUKWANOでは不定期に、子どもだけで住んでいる家を廻り、食料の支援、カウンセリングなどを行っている。ただ、その数はあまりに多く、家々も固まっているわけではなく、ホームの近隣の村々にまたがって転々としているため、訪問できる数も限られるし、全ての家々を定期的に廻ることは非常に難しいのが現状である。


今回の訪問中、現地スタッフと共に、home visitに同行した。6人の子どものみで住んでいる家や、お母さんがすでにエイズを発症しており、近い将来子どもだけになってしまう家など、いくつかの家を廻った。6人の子どものみで住んでいる家―お父さんは2人の奥さんをもっていて、先にお父さんがエイズで亡くなり、その後、ほぼ同じ時期に2人の奥さんも亡くなった。そして残されたのが、別々のお母さんを持つ子ども達。2人の子どもは違う村に住んでいたが、お母さんが亡くなったことで、この村にやってきて現在は、6人で身を寄せ合って暮らしている。こういった家は、ここでは稀ではない。サハラ砂漠以南のアフリカでは、子どもが親をなくした場合は、祖父母や親族の誰かが引き取って育てるという伝統があるが、エイズによって大勢の人が亡くなり、その形も限界に達しているのだ。


こうした子ども達はこれまで何人も見てきているが、毎回子ども達と接する度に、本当にやるせない気持ちになる。ホームの人数には限りがあるし、じゃあ学校に来なさいと言っても、この家からサマニャの丘までは徒歩片道2時間半以上はかかるだろう。(確かに今ホームスクールに通ってきている子どもの中には、片道2時間以上かけて通ってきている子どももいるが)。

家の30分圏内にも小学校はあるが、学費が払えないことが多く、行ったり行かなかったりとのこと。中でも年上の子達は、家に残り水汲みや畑仕事などをし、家長としての仕事をこなさなくてはならない。子どもなのに、大人として生きなくてはならないのだ。

これからも不定期ではあるが、こうしたホームの外に未だ数多くいる子ども家長世帯へのサポートを続けていきたい。ただ、ホーム/スクールの中でも、まだ課題が多い中、どこまでの子ども達をサポートできるかは、大きな課題である。


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日本のカレー
2009-08-13 Thu 07:58
今回訪問した日本の皆が、子ども達へカレーを作りました。普段お世話になっているlocal communityの方も招待し、子ども達と先生の分含め、約200人分のカレー。

米50キロや大量のじゃがいも、タマネギ、そして牛1頭を購入しました。牛は前日の夜に、slaughter。前回は、2007年12月にこのサマニャの丘でホームの竣工式を行った際に、牛を皆で食べたのですが、牛を目の前で殺戮することで、命の大切さを学ぶ機会にもつながります。

鍋も数が限られているため、朝8時から料理し、昼過ぎに完成!

料理も全て火をおこすことから始めなくてはいけません。火おこしは、いつもホーム/スクールの食事を作ってくれているcookさんにお願いをしました。牛の隅々まで全て調理します。牛の皮も乾かし、その後スタッフルームの絨毯として活用。

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子ども達は滅多に米やお肉を食べる機会がないので、一気に完食していました。

MUKWANO活動メンバーのブログにも今回のウガンダ滞在報告が随時アップされていますので、こちらもご覧下さい。

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Rakaiへ
2009-08-13 Thu 04:43
今回のウガンダ滞在は、いつも以上に賑やかだった。それはMUKWANO理事の2人を初め、いつもチャリティーフリーマーケットなどを企画して手伝ってくれているサポートメンバーの2人、計4人が日本から来たから。初めてのウガンダ訪問の4人に、子ども達の多くが率先して色々助けようとする姿に私は、思わず笑みが。


「水汲みは誰が一緒に行く?私が連れていくから」とか、「4人がbathing (入浴―ホームではタライに半分の水を入れて、身体を洗っている)のやり方分からなければ、一緒に行くよ」とか、ウェットティッシュで身体を拭いている日本のメンバーに、子ども達は何度も声をかけていた。2004年から子ども達を見てきたけれど、その時まだすごく小さかったGaudaまでもが、今は一人前に掃除や水汲みを手伝っている。そして、今こうして遠い国から来たMUKWANOのメンバーをあれやこれやと手伝おうとしている。


でもこれはメンバーに対してだけではなく、ホームでは年上の子は年下の子どもの面倒をみて、先生のお手伝いをしたり、また年下の子もそれらを見て協力しようとする。誰かが泣いていれば、すぐに大勢の子が集まって、問題を解決しようとする。子どもだけでは解決しないこともあり、最終的にはスタッフがやって来るということもあるけれど、子どもたちはホームですくすく成長をしていた。

また日本のメンバーが、子ども達が礼儀正しいことに驚いていた。例えば、ペンを貸した時に、使い終わればしっかりと戻しに来たり、色鉛筆も使い終わると、数を数えてスタッフルームに置きにくる。これに関しては、ホームを訪問した他のNGOの方や協力隊の方にも、よくお褒めの言葉をいただいていた。これは本当に嬉しいことだ。

子ども達は親の姿を見て育つ。でもここホーム/スクールでは、親がいない子どもがほとんどなので、先生を始めとするスタッフが、親代わり。村の外から出る機会がほとんどない子ども達にとっては、ここで接する大人(スタッフ)を見て育ち、ここで学んだことが子どもの成長にすごく重要な役割を果たす。

MUKWANO同様、確かにまだまだ課題が色々あるホーム/スクールのスタッフだけれど、子どもに愛情を持って接し、良いことや悪いことをしっかり教えようと、教えている数名のスタッフに深く感謝。






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ウガンダからルワンダへ
2009-08-10 Mon 05:20
ウガンダにはルワンダからバスで移動。このバス移動、色々驚くことがあった。ルワンダはバスや車の制限速度が厳しく設定されていて、ドライバーはそれをしっかり守っている。ルワンダからウガンダの国境に入った瞬間、バスのスピードが急に速くなる。ルワンダ国内を走っている時は、安全運転だったにも関わらず、ウガンダ国内では飛ばす飛ばす。横の席に座っていたルワンダ人女性は、ビジネスウーマンで時々ウガンダへこうしてバスで移動しているそうだが、毎回そうらしい。ウガンダでも交通に関する規制って色々あるけれど、取り締まりが緩いため、長距離ドライバーはルワンダではしっかり法廷速度を守り、他の国に入れば、ほとんど自由。よって早く目的地に到着したいということで、安全は二の次になっているようだ。


それから悲しいのが、バスの窓からのゴミ捨て。ルワンダでは月に1度コミュニティのメンバーが参加する清掃活動などがあったり、食料を道で販売する露店や物売りの数なども極端に少ないため、ルワンダの街はすごく綺麗に整備されている。

街を歩いていたり、乗り合いのタクシーやバスに乗っていても、外にゴミを捨てる人って見たことがなかったのだけれど、ウガンダに入ってから近くに座っていた数人のルワンダ人が、食べたものをポイポイ窓から捨てている姿を見た。確かにウガンダでは見慣れた光景になってしまっている、このゴミのポイ捨て(あまりゴミ箱を見かけないというのも問題の1つだろう)。ルワンダでは規制されているからゴミを捨てないが、ウガンダではOKという意識からだろうか。。。ルワンダにいる時に、国民の環境に対する意識が高いのではと感じていただけに、なんだか残念な思いがした。


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