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Birth Day
2005-02-27 Sun 03:03
2ヶ月前のこと。

村長宅の子供たちに、「誕生日はいつ?」という質問をした。15人のうち5人は即答。
7人は後で調べると言って、1週間後に教えてくれた。残りの3人(ナカトー・フィオナ・ジュニア)からは、「知らない、分からない」との答えが返ってきた。

ここウガンダでは元来都会に住むお金持ちは別として、誕生日を祝う習慣がない。
大きな理由の1つに貧困と教育の欠乏があげられる。又、戸籍や国勢調査が行き届かないため、自分の誕生日を知らない人も多い。

私にとって誕生日は、家族や友人とこの世に生を受けたことを祝う大切な記念日。例え何か特別なことをしなくても、自分がここまで生きてきたんだという節目を確認できる日でもある。

「誕生日を知らない」との返答に、私は少なからず衝撃を受けた。
そしてすぐさま「ナカトー、フィオナ、ジュニアに
「I will give you birthday」と提示した。
ナカトーには2月22日(私と同じ誕生日)
フィオナには5月8日。(私の妹と同じ誕生日)
ジュニアには8月16日を。(私の父と同じ誕生日)
私にとって覚えやすいという自分勝手な理由で、自分の家族の誕生日と同じ日を渡す。

3人はぽかんと呆気にとられていたが、「自分の誕生日を忘れちゃだめだよ」と言うと、一生懸命復唱していた。

あれから2ヶ月。
その間、村長やマウェッジェ、バブラ、ジョアニータの誕生日を迎えながら、2月22日。
私の28歳の誕生日と、ナカトーの12歳の誕生日がやって来た。当日は、村長から家に泊まりにおいでと言われ、22日から25日まで3泊4日、再び村長宅に滞在していた。

前述の通り、村長宅も決して暮らし向きは裕福ではなく、大勢の子供たちの誕生日を一々祝うことはない。(末っ子のジャネットに関しては例外。彼女は甘やかされていて、毎年誕生日を祝ってもらっているよう)

そんな中、村長は日本から来た私に気を配り、何度も何度も「Happy Birthday」と言ってくれ、前日にはレインボーハウスのコーディネーターと一緒に大きくて丸々太った鶏をプレゼントしてくれた。
「You shall try to slaughter this」というメッセージを添えて。思わぬプレゼントにびっくりするやら、感動するやら・・・。

22日夜ナカトーが学校から帰ってきた。すぐに駆け寄ってきて、「Today is our birthday,isn’t it?」と聞いてくる。「そうだよ!」と言い、持ってきたカードとペンを渡すと、床に転がりながら大はしゃぎ。

「誕生日って素敵だね」と大声で叫ぶ彼女に「もし誰からも祝ってもらえなくても、2月22日は一生あなたのbirthday。ナカトーが生まれた特別な日なんだから、覚えておいてね」と言ったが、あまりに興奮している彼女の耳にきちんと届いたかは不明・・・?。

そして彼女からは「お金がなくて、ゆかのbirthdayには何も買えなかった。」と言いながら彼女がP2の時に使っていたルガンダ語のノートをくれた。嬉しかった。

彼女のハンドライティングは、解読するには難しかったが、このぼろぼろになるまで使われたノートを大切に保管しておこうと思った。

その夜も、翌日も翌々日もいつものように賑やかな時間を過ごした。子供たちも私も朝から夕方まで学校へ行き、その後村長宅へ帰る。
帰っても、子供たちは遊べるわけではなく、水汲みやレンガ作りの手伝い(乾期のこの時期は、毎日レンガに必ず水をかけなくてはならない)、料理や皿洗い。

大きい子供が小さい子供の髪を切ったり、洗濯をしたり、大忙し。私はいつも役立たずなのだが、(情けないことに手伝おうとすると、彼ら・彼女らの仕事量を逆に増やしてしまうこともある)。

村長宅で過ごすこの時間が大好きだった。
ただ、今回の滞在中、悲しい知らせを聞いた。
2月17日に村長宅に引き取られていた、フィオナとジュニアが姿を消したそう。いつの間にか2人はいなくなっていたそうだが、近くに住む人の話では、母親らしき人が2人を連れて、どこかへ走って行ったのを見たそう。
でも1月上旬にも、母親がジュニアを連れ去り、ナムゴナの教会に置き去りにして姿を晦ましたという話を聞いていただけに、2人の母親は、今後母親としての務めを果たしてくれるのだろうかと、不安が募った。

今、2人は何処にいるんだろう。学校へは行かせてもらえているだろうか。食事は与えてもらえているか。母親の愛情を十分に受けているだろうか。沢山の疑問が頭に浮かんだ。フィオナやジュニアにとっては、良かったのかな。そう、思いたい。
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