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ウガンダより⑧
2007-09-23 Sun 23:37
 Namuwange13歳と初めて出会ったのは、2006年9月のこと。他の弟、妹の面倒を見ながら、一家の柱として生活をしていた。土とわらで出来た小さな家で、子どもだけで暮らしていた。自分のHIVのステータスについても彼女は知っていた。
 
 年の割に体の小さな彼女が、その小さな手で一時も休む間なく籠を編んでいた姿は、その後も私の心にずっとあり続けた。
 
 そのNamuwangeが行方不明になったという知らせを聞いてから3か月。(詳細は2007年7月3日の日記をご覧ください)。Namuwange家を訪れた。以前住んでいた古い家から、真新しい家に変わっていた。ラカイのLWFというNGOが、崩壊寸前だった彼女たちの家を建て替えてくれたそうだ。これは良い知らせ。
 しかし、Namuwangeは未だ見つからず、弟と妹が身を寄せ合い暮らしていた。Namuwangeのことを尋ねると、間髪入れず兄弟たちは話し続けた。「私たちはいつもNamuwangeと行動を共にしていた。Namuwangeは私たちに食料を見つけてきてくれた。Namuwangeは言っていた。水汲みに行く時も、近所の人の畑を耕す手伝いをする時も、1人で行動をしてはだめ。必ず誰かといるようにって」。
 
 よって兄弟たちはいつも一緒だった。小さな弟とNamuwangeが水汲みに行く時は、下の妹ともう1人の弟が留守番というように。今年に入ってから、Namuwangeは学校へ行くことが少なくなったという。政府の小学校があって、そこにNamuwangeは通っていたが、毎日の食料を探すため学校に行く日が減った。そんな彼女が行方不明になったのは、6月半ば。残された子どもたちの話によれば、知らない男性に腕をひかれて連れて行かれたと。その際、Namuwangeは持っていたわずかばかりの洋服と、炊事道具を全て持って、消えてしまった。
 
 弟と妹は、口々に言った。「お姉ちゃんがいなくなって、夜寝るのも、食事を見つけるのも辛い。でもNamuwangeは絶対に帰ってくる。」と、頼りにしていたお姉ちゃんの帰りを必死に待っているようだった。子どもだけで住んでいる家を廻り、気づいたことがある。それは兄弟同士の絆がとても強いこと。子どもだけで住み、助け合って生きているからだろう。このような環境下で、1人兄弟、姉妹がいなくなってしまうことは、残された子どもたちにとって、深い傷となっているのではないだろうか。そして、思う。1人連れ去られたNamuwangeは、今どこで何を想っているだろうか。兄弟たちのことを彼女も同じように危惧しているのではないだろうか。

20071001234729.jpg

(Namuwangeの弟)

CHH.jpg

    (Namuwangeの妹、弟)

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