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文化3
2009-03-25 Wed 09:39
ここ最近、私がとっている授業の1つで3週間に渡り、紛争解決への伝統的アプローチin Africaについて色々なケーススタディーを見てきた。この授業は、毎回色々考えさせられる。外部からの西欧型紛争解決方法では失敗してきたという経験から、伝統的な紛争解決方法に近年関心が高まっている。アフリカでの紛争解決にはやはりその国土着の知識、解決方法を使って解決することが望ましいのではないか?と言った意見が増えてきているのだ。

その1つにルワンダのGacaca裁判がある。Gacacaに関しては、このブログでも何度か書いたことがあるけれど、1994年のジェノサイドの後ルワンダ政府が導入した司法制度 (2002年導入)。もともとこのGacacaは、家族内などのいざこざを解決するための慣習的な集会をさしているが、ジェノサイドの後に導入されたGacacaは政府が管轄していて、地域社会レベルで民衆の意見に基づいて実施された。ルワンダの国際刑事法廷もタンザニアに設置されたが、何十億ものお金がつぎこまれた一方、2005年までに刑が確定したのは25人前後。こうした裁判のプロセスを早めるためにも、Gacacaを設置せざるを得なかったという意見も多々あるようだ。

週に一度集会が開かれ、生存者や目撃者、地域住民などが集まる。裁判官は住民の投票によって選出され、法律、裁判官としての倫理、カウンセリングなどの基礎的なトレーニングを数日間受ける。

私はガチャチャに関する本やジャーナルを読むたびに、ガチャチャ裁判が公正な裁判を出来るのだろうか?プロではない裁判官が本当に適格な判断が下せるのか?目撃者など協力した人の安全はしっかりと保証されるのか?などという疑問が沸いてきていた。また、現在まで RPF側(現政権側)の犯罪が裁かれたことがないということからも、真の意味での和解が可能なのか?といった疑問があった。

もう1つの例は、これも前に少し書いた北部ウガンダのMato Oput。国際法がどうであれ、地域での伝統的な地域に根付いたアプローチで紛争を解決しようということから、「Mato Oput」と呼ばれる儀式を用いた。

こうしたケーススタディを見るにつけ、本当にこれだけの規模の犯罪に対して、こうした伝統的紛争解決方法で、十分なのか?と疑問に思ってきた。確かに西洋で作られた法や規範を、文化が異なるアフリカ各地のケースに全て用いることは、どうかと思う。でも、、、とどうしても批判的にこうしたケーススタディを見てしまっていたのだが、アフリカ出身のクラスメートの意見を聞いていると、どうもそんなことはないようだ。むしろ、私の友人たち(ウガンダ、ナイジェリア、エチオピア出身者ー少なくともこのテーマについて、色々話をした皆)は、アフリカの伝統的アプローチを高く評価していた。「こうしたアプローチのdisadvantageを探す方が難しい」と言った意見もあったし、「Yukaの言うことも分かるけれど、罪を皆の前で告白すること、コミュニティが、貧しい人たち皆が集まれる場でこの紛争解決が行われるということがすごく大切なのだ」という意見が多々あげられた。

私はこうした意見を聞くと、アフリカでのFamilyとかcommunityといった概念が、私の持つそれとは随分違うのだということを強く強く感じた。確かに、ウガンダに住みそうした意識は持っていたつもりだったが、私はやはり外部者の目からこうしたケーススタディを見てしまっていたのだ。

西欧型紛争解決が、「懲罰」的要素を含むことに対して、アフリカの紛争解決方法は、犯罪者がコミュニティに戻った際に、被害者、家族などそれぞれがどうしたらコミュニティーで共に生活できるか?といったことに趣を置く。アフリカでは、紛争解決はコミュニティ全体が関わるもので、調和の修復が目的になることが多いのだ。例えば、誰かが何か犯罪を犯した場合、コミュ二ティや選ばれた長老などの前で、その罪について語ったり、償いとして牛などを渡したり、又は儀式を通して罪が償われるというケース。コミュニティ全体が、紛争、紛争解決に対して責任を持っているのだ。

最終的に和解プロセスの是非を判断するのは、やはり当事者だが、その当事者にも社会的関わり(コミュニティとの関わり)ということが重要になってくるのだ。現在の紛争が、非常に複雑である中、伝統的なアプローチだけでは難しいが、伝統的アプローチを重要視しつつindigenousと、non-indigenous (伝統的と伝統的ではない)の方法をうまく組み合わせることが求められるのではないか?勿論、1つ1つの紛争のcontextをしっかり見ないといけないと思うが。


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