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メモリアル
2009-07-15 Wed 05:29
メモリアルセンターは、1994年のルワンダ大虐殺を伝える記念館で、ルワンダ国内、様々な場所にある。その1つにルワンダ南部のMurambiがある。このMurambiは1994年のジェノサイドの時に、多数の犠牲者を出した場所の1つでもある。

のどかな緑一杯の丘の上には、1994年以来、建設途中のままになっているtechnical schoolがあって、ここに3,0000以上の死体がある。いくつかは棺の中に、そしていくつか(約800)の死体は石灰石で保存され、部屋の中に無造作に置かれている。

おびただしい数の死体の山。部屋は訪問者が来たときにのみ開けられるようで、入ると死臭が漂う。奥に入れば入る程、その臭いはきつくなる。Murambiはジェノサイドが始まった時に、市長や司教から「安全な場所」と言われ、何人ものツチが逃げ込んできた場所である。何万もの人が逃げて来たが、政府はその瞬間に水や電気を全てカットし、弱った所を殺す。これが何日も続いた。

多くの頭蓋骨には大きな割れ目があった。なたで強く深く傷つけられたものだとガイドの人が教えてくれた。大人の死体の横には小さな赤ちゃんであろう死体も横たわっていた。赤ちゃんの死体の中には頭蓋骨がほとんどなくなってしまったものもあった。ジェノサイドの時に、小さな赤ん坊は壁に強く叩き付けられたから。トンカチで殴られたという赤ん坊もいた。虐殺者の中には、殺すのに疲れたからと言って、足だけ切って逃げられないようにし、翌日また殺しに来るということを繰り返していた人もいたと聞く。

いくつもの部屋を案内される。虐殺された人が身にまとっていた衣類が本棚に雑然と置かれている場所もあった。

実際の言葉はなくとも、1つ1つの死体が、虐殺の傷跡を生々しく語りかけていた。15年前のその時から時が止まってしまったかのようなこの学校。

1994年のジェノサイドでは約80万人が犠牲になったと言われている。80万人の命。誰が、どこで、どんな人生を送っていて、どんなふうに傷つけられたのかは私には分からない。でもそれぞれの死が固有の名前を持っていて、そこにそれぞれの家族や友人がいて、そしてそれぞれが苦しみとともに殺されていったのだ。

外では、鳥の声がこだまして、緑が太陽を浴びてきらきらしていて、元気な子どもたちが大きな声で笑っていて、なんだかその美しい現実と、ここで見た悲劇とのギャップに困惑しながら、私は帰りの道をとぼとぼ歩いていた。

ここで写真を撮ろうなんて全く思っていなかったのだけれど、ここで働いている人に、カメラは?と聞かれ「必ずここで見たことを伝えて。二度と悲劇が起きないように」と言われ、数枚の写真を撮ったので、ここに掲載します。

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別窓 | ルワンダ | コメント:2 | トラックバック:0
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この記事のコメント
ご無沙汰しております!お元気でいらっしゃいますか??


Murambi、その場所は私も行きたいと思っています。
色々見られたのですね。

確か、何かの本で、白人たちに助けられようと思っていたルワンダの人々が、皮肉にも自分たちの死をもって、白く石灰化している、と明記されていたのを思いだしました。


二度とこのような虐殺は起こってはいけないと思います。また、決して風化させてもいけないなと思います。
2009-07-16 Thu 04:35 | URL | Miku #-[ 内容変更]
MIku様
ウガンダに行っていました。Mikuさんと会った頃が懐かしいです。

本の言葉、教えていただき有り難うございました。ルワンダ国内、色々なメモリアルを訪れる度に、おびただしい数の死体を見て、今後二度とこのようなことがあってはいけないと強く感じると同時に、当時何もしなかった、出来なかった国際社会の1人として、罪の意識を感じました。沢山の救えた命があったはずなのに。

2009-08-13 Thu 04:57 | URL | yuka #-[ 内容変更]
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