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2004-12-04 Sat 02:43
P3クラスの生徒の1人がこの世を去った。
彼の名前は「モーゼ・カトンゴ」。


私が初めてこのクラスへ来た日に、他のウガンダ人の先生から「ゆかの顔はP3のモーゼに似ているね」と言われたことがあったので、初日から顔と名前が一致した数少ない生徒の1人だった。


ウガンダでは珍しく授業中はシャイな子で、恥ずかしそうに手を挙げ、でも一歩学校外で会えばものすごく大きな声で「Yuka」と声をかけてくれる一面もあった。


彼の死因はマラリアだと聞いたが、エイズを発症していたともある先生から聞いた。
モーゼは4日間ムラゴ病院(ウガンダ1大きな病院)に入院していたのだが、高熱に体力がついていかず、遂に命をひきとったとのこと。


ウガンダに来て初めて涙を流した。学校の先生から「ここウガンダでは死は日常的なことだから・・」と言われたが、私にとっては今ある命、かけがえのない1人の人間の存在だ。


この「死」とどう向き合えば良いのだろう。
モーゼの死から数日後、私は10人の子供たちと一緒にモーゼの家へ行った。


学校から歩いて20分くらいの所にあるレンガ作りの大きな家だった。 お母さんが「Thank you very much for coming」と小さな声で挨拶をして下さり、私たち11人は家の中へ案内された。
お母さんが小さな袋から3枚の写真を大切そうに取り出し、見せてくれた。


モーゼが5歳の時の写真(ぷっくらとしたほっぺたが印象的だった)、 家族や親戚と一緒に写っている写真(真ん中で他の3人の兄弟と一緒に楽しそうに笑っていた)、 そして最後の1枚は棺に入れられ、安らかに眠っているモーゼ。


お母さんが「病院で最後死んでいく時、モーゼはずっと祈っていた」と教えてくれた。
そしてお母さんは涙を抑えながら、私たちを裏庭のお墓まで連れて行ってくれた。
皆でお墓に赤土をひとつまみかけながらお祈りをする。
私はお母さんに「モーゼのことは決して忘れません。」と言って、子供たちと一緒に学校への帰路についた。


途中、メインロードの脇のお店でパイナップルを1つ買い、皆で分けながら私たちは「モーゼ」について話をした。 。
「今モーゼは空にいるね」と私が言えば、Lilian(リリアン)が「死んだら星になるんだよね」と聞いてくる。
「そうよ」と私が言えば、Benald(ベナルド)が「死んだらずっと空で生きられるんだよ。 モーゼはサッカーが好きだったから、今サッカーをしているよ」と言う。


たくましく成長していく生の中に、同じくらい死の数も多いこと、喜びと悲しみ、生と死がまさに表裏一体となって存在しているここウガンダ。


今モーゼは空で、何をしているだろうか。
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