The link at the date of the calendar is an entry.
スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告
結納式
2009-08-30 Sun 17:50
先日、Ingandoに行った際、学生への講義を受け持っていた警察官の方に「週末に妹のintroduction party(結納式)とwedding ceremonyがあるけれど、来る?」と誘われた。

ウガンダ式結納や結婚式はいくつか参加しているが、ルワンダ式は初めて。勿論、即答し列席させてもらうことに。

女性側の家の庭で開かれたのだが、結婚を申し込む男性側の親族代表と女性側の代表(通常は、父親が務めることが多い)が約1時間半に渡り、家族や親戚、友人、同僚らの前で話をする。その際、当の結婚を申し込んでいる男性と女性は、その席に同席できないらしい。列席者皆に聞こえるように、マイクで話合う。冗談なども入り交じり、双方とても嬉しそう。

IMG_3192.jpg

この結納式では、大抵男性側から女性側に、牛を贈呈しなくてはならない。ただ、男性も女性も現在首都のKigaliに住んでいるため、牛を置くスペースがないことから牛1頭相当の現金を女性側に支払うことになった。牛も質の良い、値の高いものを渡したいという思いからか、その額は$1000くらいらしい。ルワンダ国民の所得水準から考えると、決して安いものではない。

女性側の親族からの承認がとれた後、初めて当の男性、女性がお目見え!ルワンダダンスが披露され、そのダンスチームに続いての登場。

IMG_3233.jpg
(このダンスは牛を表現したもの)。

IMG_3236.jpg

メイン席で、2人がドリンクを交換し合ったり、それぞれの家族に挨拶に行ったりと、終始和やか。その後は教会で式があり、披露宴に続く。1日でこれら全てを行うカップルも最近増えているらしい。


別窓 | ルワンダ | コメント:0 | トラックバック:0
赦すこと
2009-08-29 Sat 03:38
先週末から、ちょくちょくルワンダ南部へ行く機会に恵まれ、フィールドでの仕事に同行させてもらっている。ここでは、2007年から現地のNGOが進めている加害者と生存者、またジェノサイド中にツチを助けた人などその地区に住む80人近くが集まるミーティングが開かれていた。こうしたミーティングは、この地区では定期的に開かれているらしい。この日は、トラウマとの向き合い方を初め、人の「心」などについての話を始め、普段の食事についてのアドバイスや、村に住む皆がどうやって共に助け合っていくのかといった講義が開かれていた。


私はここで何人かの村人の話を聞く。ジェノサイドで夫を亡くした女性。その夫を殺した犯罪者。同じ部屋で、そのミーティングに参加していた2人。その女性は話してくれた。「夫を殺され、私はずっと苦しんでいた。赦すことなんてできないと思っていたけれど、彼がGacacaで、またその後刑務所から出てきてからも、彼から赦しを求められ、私は赦していた」。その横で女性の夫を殺したという男性は、無言でうつむきながら、女性の言葉をただただ聞いていた。「私の夫は、もう何をしても戻って来ない。私はここで生きていななければならないし、彼(夫を殺した男性)は今、自分が困っている時に、色々な方法で助けてくれる。今は飲み物や食べ物もシェアをする」。

私はこの女性の言葉を聞き、胸が一杯になった。自分の愛する人を殺した人を赦し、今共に生きているのだ。「私は赦していた」という言葉。。すごく自然な形で彼を赦していたようにも聞こえるが、その道のりは決して簡単なものではなかったと思う。でも、確実に和解に向けて前に進んでいるのだ。和解、それは、簡単ではないし、今も尚、苦しんでいる多くの人がいることも事実。このミーティングにも出席していない生存者もいるという。普通だったら赦せない人を赦す。。私には想像の域を超えるほど難しいことだと思うけれど、すごく深い愛がなければ決してできないことではないだろうか。



別窓 | ルワンダ | コメント:0 | トラックバック:0
Gacaca裁判
2009-08-29 Sat 02:48
何度かこのブログでも書いているルワンダのGacaca裁判。ルワンダに来てから、これまで6つのGacaca裁判を見学した。去年Gacacaの法律が改訂され、Category 1に属する重罪の人もこのGacacaで扱うようになったため、去年から今年にかけてはcategory 1の容疑者を扱う裁判が急激に増えているようだ。私が見た裁判も3つがcategory2に属する容疑者のもので、残りの3つがcategory 1に属するものだった。


この裁判の中で、罪をどう裁き、そしてどのように国民の間に和解を導いていくのか?ルワンダでは、裁くことによって、和解を目指した。ガチャチャ裁判では、罪を認めて告白し、赦しを求める場合には、減刑をし労働奉仕性も導入。加害者の口から真実が解明されれば、そのプロセスの中で謝罪や赦しが生じることにつながるかもしれないという考えに基づいている。

私が見学をしたGacacaでは、全ての裁判において容疑者は全ての容疑を頑なに否定していた。ある裁判では、目撃者が多くいたのだが、容疑者の供述や話に、全く一貫性がなく、judgeの人も判断がしにくかったのか、またかけられている容疑があまりに多かったからか、更なる目撃者を求め、結局3週間に及び、裁判が続くこともあった(Gacacaは、1週間に1度開かれる)。被害者の中には当時のことを語っている途中に、これ以上はもう話せないと言って退席する人もいた。


こうした状況で果たして、赦すことはできるのだろうか?本当に正義は実現されるのか、対立を生まないのか、虐殺の記憶を呼び起こさせ、更なるトラウマや心の傷を広げるのではないかなど、次々に疑問が浮かんできた。

本当に赦すことは難しいのではないかと思っていた。

(追記:Gacaca裁判が始まった数年は、犯した罪の重さが低いとされる人の裁判が行われていて、その時は、罪を告白し、赦しを求める人も最近に比べると多かったようだ)。


別窓 | ルワンダ | コメント:0 | トラックバック:0
BACK | ウガンダ←イギリス→日本便り | NEXT
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。